第1章 ハーデンベルギア
雨音と馬の駆ける音が辺りに響き渡る。なかなかに強い雨は、ローブについているフードを被っても視界が悪く危険だ。素早く視線を左右に走らせ、民家と民家の間を見る。大丈夫、巨人はいない。前を見ればエルヴィン、左を見ればハンジの班がいて、右から後ろに視線を移せば自身の指名した班員の姿がある。行きに比べると全体的な人数は減ってしまったが、このまま帰れたら被害は最小限ですむ。最も、最小限などと言う単位はもはや感覚がにぶっていて、適切ではないかもしれない。調査兵団はここ数年で戦力を何割失っただろうか。生き残ったやつはいったい何割だ。思考をめぐらせながら左右に視界を巡らせる。
「……っ!」
思わず目を見開いた。見間違いかと思った。いや、見間違いであって欲しかった。ここは巨人が巣食う壁の外だ。人を食べる巨人が蔓延る残酷な世界で、人間は調査兵団以外いない。
そのはずだった。
「女…?」
視野の端に見えたのは、間違いなく女だった。
動体視力が良いと自負する自分の目か、あるいは脳を疑いたい気分だったが、認識してしまったものは仕方がない。確かめなければならない。
もし女だったら?何処から来たのか聞く。
それが普段壁の中で生きている人間だったら?どうやって外に出たのか聞く。
もし……
思案している間にも馬を旋回させて女の元へ行く。
近付けば近付くほど分かる。嫌になるほど普通の女だ。見慣れない格好をしているようだが、確かに間違いない。自分の目や脳を疑わずにすむことに安堵する。
雨に濡れながらただしゃがみこんでいる女の目の前につき、馬を止めると双方の視線がぶつかった。
「…馬?」
何が珍しいのか、そう呟く声が雨音に混じって僅かに聞こえた。
「お前はなんだ。どうして壁外に居る」
「気がついたらここに居て…。あの、ここ何処ですか?帰りたいのですが、駅はどちらでしょうか?」
思わず眉をひそめる。エキと、聞いた事のない言葉が飛び出して意味が分からない。そもそも気がついたらここに居たなど、最も意味が分からない。
「何を言っている。ここは壁外だと言ったはずだ。お前…気が付いたらここに居たと言ったが、門を通らないと出られないはずだ」
「門?なんのですか?」
「………」
お互い言葉は通じているはずだが、意味が通じていない。お互い返す言葉も続ける言葉もなく、無言が続く。
