第1章 カノジョのくるま
今朝は道も空いていて最寄駅にあっという間に着いてしまってちょっぴり寂しい。実弥さんが、ロータリーに車を停めてくれたので、
「ありがとう。荷物下ろすからちょっと待ってて。」
と助手席から降りて、左後ろのドアを開け後部座席の足元に置いたキャリーケースに向かって手を伸ばす。
「アァ。」
と返事をした実弥さんは、静かに待っていると思いきやキャリーケースに向かって屈んだせいで斜め後ろに近づいた私の顎先を突然左手で軽く掴んで、チュッと口づける。
唇を離すと、
「気ィつけて行ってこいよォ。」
とジッと見つめてくる実弥さん。
時々実弥さんは、ほんと心配性だなぁと思う。
「うん。行ってきます。」
と私も実弥さんに微笑みながら実弥さんの左手の指先から顎を離して、キャリーケースとともに車から体を出す。
ドアを閉める前に、
「実弥さんもいってらっしゃい。」
と声をかけると、
「アァ、行ってくらァ。」
と微笑みながら返事をする実弥さん。
ドアを閉めて数歩歩いた先で振り返ると、私のピンク色のラパンの運転席に座る実弥さんが見えた。この光景初めて見る気がする。
実弥さん1人の生活では絶対に乗らないであろうピンク色の車。ウサギのエンブレム。
私は、実弥さんが送ってくれたこと以上に、珍しい光景を見たなぁーとルンルンで出張に向かうのだった。