第3章 幕は切って落とされた
そういえば、兄の話をし損ねていた。
「そうですね、さっきの人は兄です」
「帝統とは?」
「付き合っては、ない、ですね」
自分で言ってて、悲しくなってきた。
「乱数、もうやめてやれよ。困ってんだろ」
帝統さんがやっと口を開いた。先程より、表情も心做しか柔らかくなったような気がした。
「何さ、別にいーじゃんか。それとも、帝統はおねーさんの事好きなの?」
「はっ!? な、何でそうなるんだよっ! べ、別に今そんな話してねぇだろっ! 」
「そこは小生も気になるところですね。帝統、どうなんです?」
この流れは嫌だな。
現に、昨日分からないと言われたばかりだし。何度も聞きたくはない。
私は、立ち上がった。
「あ、あ、あの、私、兄に餌をあげないといけないのを思い出したので、帰りますねっ!」
カバンを掴み、入口で一礼して声を掛けられている事に気づかないフリをして、部屋を飛び出した。
ヒールで走るなんて、なかなか厳しいけれど、早くここから離れたかった。
自分から勝負を仕掛けておいて、なんたる失態だろうか。
でも、何回も否定的な意見を聞くのは、さすがに辛いものがある。
どうしたら、人に好きになってもらえるんだろう。
あまりに経験がなさすぎて、どう攻めていいのやら、全く想像がつかない。
さっぱり分からない。
悩んでても埒が明かないので、とりあえず家に帰る事にした。
そこからは、一気に仕事が立て込み始め、帝統さん達に会う事がないまま、三週間が過ぎた。
休憩時間。残業続きで疲れてしまって、机に突っ伏していた。
「帝統さんが……足りない……」
机に頬を付けて顔を寝かせた体勢で、ボーッと窓の外を見る。
「……会いたいな……」
犬歯を見せて、無邪気に笑う顔が見たい。ギャンブルしながら負けて叫ぶ姿も見たいなんて言ったら、怒るかな。
「ふふ……」
帝統さんの事を考えるだけで、楽しい事ばかり浮かんで、疲れが吹き飛ぶみたい。
「あと少し、頑張ろ」
伸びをして、仕事に戻る。
今日は定時で上がれそうだから、ゆっくり眠る事にしようと思い、フラフラしながら街を歩く。
眠い。仕事が一段落して、気が緩んだのか、睡魔が襲って来る。
―――ドンッ!