第2章 母
「狭いですけど…」
「大体どこのウチもこんくらいだろォ?」
「でも、実弥さんのお家みたいに立派じゃなくてごめんなさい」
いやいやなんでウチと比べちまってんだコイツは…
柱の家だからなァ
あのくらい広く無いと威厳が保てねェし、それに鍛錬する為の道場と庭も設けている。
それなりの広さは必要だ。
だからあんなにデカくなっちまってるが…
正直言うと、俺は葉月の家の広さぐらいがホントは好きだ。
広過ぎず狭過ぎず、ちょうど良くて落ち着く。
「気にすんじゃねェ。俺はこのくらいがちょうど良くて好きだ」
俺がそう言えば、葉月は良かったと微笑んだ。
玄関から一番近い部屋の襖に手を掛ける葉月。
おそらくそこが客間なのだろう。
スッと襖を開けると、
「お母さんただいま!」
元気いっぱい帰宅のあいさつをした。
・・・。
一瞬思考が停止した。
ちょっと待てェ…
今「お母さん」っつったよなァ?
俺の記憶違いでなければ母親は数年前に他界しているはず。
いや、やっぱり俺の勘違いか?
だとすると、俺は今から葉月のお母さんと初めましてのご挨拶をする事になる。
…何にも考えてきてねぇぞォ…
しかも俺はこれから仕事だ。
あと少ししたら慌ただしくここを去っていくわけだが、挨拶もそこそこに直ぐ様仕事に向かう失礼な奴だと思われるかもしれねェ。
…どうすんだよォ…
葉月の後ろで頭を抱える俺。
と、ここで俺はあることに気付いてしまった。
葉月の「ただいま」に対する返事が無い事に。
葉月の後ろからそうっと部屋の中を覗くと、そこには誰もいない。
あるのは卓袱台一卓に、背の低い箪笥が一棹、
そして仏壇。
「葉月、お前…」
「あ…つい、癖で。誰もいないのにただいまなんて、変ですよね」
困ったように笑う葉月。
「別に、変じゃねェ」
母親が生きてる頃も、こうやっていつも言ってたんだろうなと思うと、むしろ微笑ましくもある。
よしよしと頭を撫でてやると、葉月は安心したように微笑んだ。