第9章 二人の少女<肆>
一方、汐が時間を稼いでいる間に、悲鳴嶼は奇妙な感覚を感じていた。
見えないはずの目に、鬼の姿がはっきりと映った。しかも普通の見え方ではなく、身体が透けるように映ったのだ。
その事に一瞬驚くも、無一郎の気配を感じた悲鳴嶼は叫んだ。
「不死川!!」
悲鳴嶼と同時に、実弥も強く床を蹴り黒死牟の方へ向かった。
黒死牟もその事に気づき、参人を同時に仕留めようと振り返った。
――ウタカタ 参ノ旋律・転調――
――繋縛歌!!
その瞬間汐の歌が響き、黒死牟を拘束する。その一瞬の硬直に、弐つの刃が迫る。
だが
――月の呼吸 拾肆ノ型
――兇変・天満繊月
折り重なる渦巻き状の斬撃が放たれ、三人を容赦なく穿つ。悲鳴嶼も実弥も、攻撃の隙間を搔い潜って頸を狙おうとするが、全く隙が無い。
その光景は、身を隠しながら援護する汐も歯がゆい思いで見てた。
(クソッタレ!幻影歌も一瞬で見破られるし、繋縛歌もほとんど効かない。上弦の壱。今までの奴らなんかとは比較にならない・・・!)
汐は音が出る程奥歯をかみしめ、何とかもう一度隙を作れないか考えた。
(でももう、どうしたらいいか分からない。どの歌も、あいつにはきっと効かない・・・。何か、何か方法は・・・・!!)
悲鳴嶼と実弥は勿論、無一郎は片腕を斬り落とされているうえに、隊服から絶え間なく血が流れだしていた。
もう残された時間は少ない。何とか、何とかあの鬼の動きを乱れさせることができたら・・・!!
その時、突然。汐の脳裏に旋律が浮かんだ。しかしその歌は、ウタカタの新しい歌ではなかった。
なぜ今この時、この歌なのか。汐には考える余裕などない。
汐は大きく深呼吸をすると、その口をそっと開いた。
今までの歌とは全く違う、優しく温かい旋律が流れだす。それは文字通り、何の力もない、ただの歌だった。
生死を分ける戦いの中に聞こえる、力が増すわけでも、鬼を弱らせるわけでもないただの歌に、悲鳴嶼たちは混乱した。