第9章 二人の少女<肆>
(あり得ぬ、あり得ぬ!)
黒死牟は自分に食らいついてくるワダツミの子に、違和感を感じていた。
あまりにも強すぎる。柱二人が手傷を負い、やっとの事で回避できるような攻撃を、柱でもない小娘がこんなに容易く防ぐことができるはずがない。
この絡繰りには何かがある。そう確信した黒死牟は腕と足に力を込めた。
――月の呼吸
――漆ノ型 厄鏡・月映え
枝分かれした刀から放たれた怖ろしい程間合いの広い攻撃が、おびただしい量の月輪を伴って汐に迫る。どこにも逃げ場などなく、吹き飛ばす暇すら微塵もない。
その時だった。
(何!?)
突然、汐の姿が溶けるように消え、それと同時に黒死牟の死角から何かが放たれ、彼の頭部を微かに抉った。更に間髪入れずに、凄まじい鎌鼬が足元を切り刻む。
(奴等か!)
黒死牟はすぐさま振り返ると、そこにいたのは悲鳴嶼と実弥、そして磔から解放されていた無一郎だった。
そして微かに聞こえる、不可思議な歌。
――ウタカタ 肆ノ旋律・転調
――幻影歌
黒死牟は全てを理解した。先ほどまでの汐は全てウタカタによる幻覚であり、注意をそらすための陽動だったこと。
その隙に、柱達が確実に間合いの内側に入れるように、誘導する事。
自分を囮にした、時間稼ぎだということに。
(やはり侮りがたし、ワダツミの子!やはりあの時、止めを刺しておくべきだった!)
黒死牟は自分の中に残っていたものに、激しい怒りを覚えたのだった。