第9章 二人の少女<肆>
(やはりそこにいたのか。みお)
黒死牟は汐の姿を見て目を細めた。人間の記憶をほぼ完全に残しているため、かつで出会ったワダツミの子を思い出していたのだ。
汐は静かな視線を黒死牟に向けた後、静かに口を開いた。
その瞬間、悲鳴嶼と実弥は身体に異変を感じた。痛みが激減し、身体の奥底から力が沸き上がってくる。
だが、その感覚が異常すぎた。まるですべての命をかき集められているような、そんな感覚だった。
――ウタカタ 壱ノ旋律・転調
――活命歌
それは文字通り、命を活性化させる歌。だが、それはすなわち命を削る事にもなる危険な歌。汐を含め痣が発現している者にとっては、更に寿命を縮めることになる行為だった。
汐はともかく、悲鳴嶼と実弥は了承すらしていない。しかしそれでも、汐はためらいもなく歌った。柱の、鬼殺隊士の覚悟を心得ていたからだ。
悲鳴嶼と実弥は、すぐさま刀を握りなおすと、目の前の鬼を今一度見据えた。この歌の効き目が切れる前に、この鬼を必ず討つ!
だが、二人が動く前に、汐が凄まじい速さで黒死牟に躍りかかった。
黒死牟は一瞬だけ目を見開いたが、手にしていた巨大な刀を汐に向かって振り抜いた。
――月の呼吸 捌ノ型
――月龍輪尾
そのひと振りであたり一面は薙ぎ払われ、斬撃の周りの月輪が容赦なく汐を襲う。だが、汐はそれを読んでいたかのように軽々と交わすと、柱を蹴り黒死牟の上空へとその身を投げ出した。
その動きに、黒死牟の表情がはっきりと変わった。柱二人が何とか躱せた攻撃を、いとも簡単に躱されたことに衝撃を受けた。
(何だ、この動きは・・・!?)
黒死牟はありえないことに驚愕しながらも、汐を引き裂こうと刀を振り上げた。
――月の呼吸 玖ノ型
――降り月・連面
背中から振り上げられた刀から発せられた、巨大な斬撃の柱が汐に向かって放たれる。だが、汐は焦った様子もなく大きく息を吸った。
――ウタカタ 伍ノ旋律・転調
――爆塵歌!!!
汐の全身から衝撃波が放たれ、鎧のように月輪斬撃を弾き飛ばしていく。そして
――海の呼吸 陸ノ型
――狂瀾怒濤!!
衝撃波を纏ったまま、汐は刀を目にも留まらぬ速度で振り、全ての斬撃を弾き飛ばした。