第8章 二人の少女<参>
「おい、まだ薬を投与したばかりだ。無茶をするな」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。だってあたしは、奴を殺す為に生まれた、最後のワダツミの子だもの」
汐の自虐的な言葉に、愈史郎の胸が小さく痛んだ。
「ところで、例のアレはちゃんとできているの?」
汐がそう言った瞬間、愈史郎は目を大きく見開いた。そして、しばらく言葉を切った後、小さく「ああ」と答えた。
「そう。ならよかった。手駒は一つでも多い方がいいからね」
「お前のせいで珠世様の貴重なお時間が減ることになったがな」
愈史郎はそう言って不機嫌そうに目を伏せた。
「それは本当にごめんなさい。でも、あたしの無茶なお願いを聞いてくれたあんた達には、本当に感謝しているわ。だから、後は任せて頂戴」
汐はそう言うと、落ちていた愈史郎の眼をこっそり拝借すると、そのままある一点を見つめた。
(この先にいるのね、"あいつ"が)
汐は自分の青い髪にそっと指を滑らせた。
夢の中に出て来た、自分と同じ運命を背負った"彼女"の事を思い出しながら。
「助けてくれてありがとう。今度は、皆を助けてあげてね」
汐はそう言い残すと、足に力を込めてその場から走り去った。
汐が去った後、愈史郎は汐の言葉を思い出していた。
『私の代わりに、皆さんを助けてあげて』
それは、ここに来る前に珠世から掛けられた言葉。
「まったく、どいつもこいつも・・・」
愈史郎は目を伏せた後、顔を上げて先を見据えた。珠世の願いをかなえるため、自分のやるべきことをするために。
「珠世様・・・」
愈史郎は自分の愛する人の名前を呟くと、足に力を込めるのだった。