第7章 二人の少女<弐>
(ナンデ、ナンデ?何で?)
絹は混乱しながらも、汐を殺そうと血鬼術を放とうとした。だが、何故か血鬼術が出ない。
否、血鬼術だけではなく身体が動かない。束縛歌を使った形跡もない。
それなのに、絹の身体は動かなかった。汐のさざ波のような呼吸音が、絹の戦意を削いでいるかのようだった。
(すぐそこにいるのに、すぐ殺せる位置にいるのに、どうして動けないの?)
絹は汐を睨みつけようとして、ハッと息をのんだ。自分に向かってくる汐は、口元に笑みを浮かべていた。
その表情を、絹は覚えていた。自分が殺した母親の葬儀の後に、かわいそうと言われていた絹に声を掛けてきた、あの時と同じ表情だった。
「うしお、ちゃん・・・」
絹が口を動かしたその瞬間。絹の視界がぐるりと動き、天上、壁、床を映していく。
そしてその視界が汐を映した時、汐の声が聞こえた。
「さようなら、私の親友、尾上絹」
――海の呼吸・拾壱ノ型
――【汐】
その声を聞いたとき、絹は理解した。汐はあの量の珊瑚を、自分に届く前に全て瞬時に斬り裂き、そして絹が汐を認識した瞬間には既にその頸は斬られていた事を。
(嗚呼。結局、私は誰からも見て貰えていなかったんだわ)
家族も、仲間も、心の隙間を埋めてくれたと思った無惨でさえ、絹の本質は理解していなかった。否、理解しようとすらしていなかった。
結局自分はただ一人、一番憎んでいた相手に殺されたという、みじめで醜い存在だったと。
それを否が応でも気づかされた絹は、涙を流しながら汐を睨みつけていた。