第7章 二人の少女<弐>
「絹・・・」
汐は肥大化し、完全に異形の者となり果てた、絹だったものを見据えた。絹は全身から毒霧を吹き出しながら、じりじりと汐ににじり寄る。
そんな中、汐は息を吸った。さざ波のような呼吸音が辺りに響く。
――海の呼吸・拾壱ノ型
汐が刀を構えた瞬間、絹だったものは奇声を上げ全身から珊瑚の槍を放った。
いや、全身からだけではない。壁や床、天井全てに飛び散った肉片から、凄まじい量の槍を出現させた。
瞬きをする暇も与えない程の刹那の時間で、部屋中は珊瑚の槍に覆われ、毛髪一本通る隙間すらない。
しかもそれは全て毒のある珊瑚で、絶え間なく猛毒の霧が吹き出しているのだ。
「オワリ、オワリ。ゼンブオワリ」
絹だったものからかすれた声が漏れ、結界の中に響く。これで本当に終わり。自分をずっと苦しめてきた異物は、これで排除された。
幻影歌を歌う暇も与えず、自分の耳は血鬼術で塞いでいるため聞こえるはずもない。
今度こそすべてが終わった。そう思った時だった。
絹だったものの耳に、さざ波のような音が聞こえた。
そんなはずはなかった。
耳は塞ぎ、毒を撒き、この量の珊瑚で人間が存在するほどの隙間は存在しない。
それなのに、その音だけが聞こえる。
どこか懐かしさすら感じる、その音が。
「エ?」
その途端。絹だったものは信じられないものを見た。空間全てを覆い尽くしたはずの珊瑚が、自分に向かって道のように切り開かれていた。
そしてその中心を、汐が鉢巻きを揺らしながらこちらに向かって歩いてきていた。