第7章 二人の少女<弐>
その日は、穏やかな風が吹く日だった。
村の外れの海岸に、赤子が流れ着いていた。海の底のような真っ青な色の髪の女の子だった。
その赤子を、村はずれに住んでいた大海原玄海が引き取り、【汐】と名付け本当の娘のように育てていた。
だが、村人たちは青い髪の少女を気味悪がり、迫害こそはしなかったものの皆距離を置いていた。
玄海は奇病のせいで昼間は動けず、友達もいなかった汐はいつも独りぼっちだった。
そんな中、汐に近づいてきたのは、汐よりも年下の少女だった。
『ねえ、あなたが【噂】の汐ちゃん?』
その少女は黒檀のような髪の、可愛らしい少女だった。
『あんたは、確か・・・、絹だっけ?』
『覚えていてくれたのね。嬉しいわ』
絹はそう言うとにっこりと笑い、汐の隣に座った。
『玄海おじさんの事は村の人から聞いたわ。あなたも一人なのね』
『あなたもって?』
『私も、お父さんが漁の時はずっと帰ってこないから一人なの。お母さんが死んじゃってから、ずっと』
絹はそう言って少し寂しそうに目を伏せた。
『でもね、そんなときは、寂しくなったときは歌を歌うの。そうすると不思議と、寂しい気持ちが消えていくのよ』
絹は顔を上げると、微笑みながらそう言った。
『だから、汐ちゃんも一緒に歌おう?玄海おじさんが早く元気になるように・・・』
絹は汐の手を取ると、海の方に顔を向けて口を開いた。
―そらにとびかう しおしぶき
ゆらりゆれるは なみのあや
いそしぎないて よびかうは
よいのやみよに いさななく
ああうたえ ああふるえ
おもひつつむは みずのあわ ―
絹の可愛らしい歌声は、汐の耳を通り抜けていく。
『この歌ね、玄海おじさんから教わったのよ。もしも汐ちゃんが悲しんだり落ち込んだりしたら、一緒に歌ってあげてって。なんでも、ワダツミヒメ様を慰めるための歌が変化して、おじさんの家に昔から伝わっているものだって・・・』
そこから先の絹の話は、汐は覚えていなかった。覚えていたのは、自分の胸が嬉しさでいっぱいになっていた事。
そして――
絹の"目"の中に微かに宿る、得体のしれない何かの事だった。