第6章 二人の少女<壱>
「でも生憎ね。今のあたしは人間じゃないのよ。鬼でも人間でもない、中途半端な存在。だから、同じく中途半端なあんたの毒なんて、これっぽっちも効かないのよ!!」
――海の呼吸・壱ノ型――
――潮飛沫
汐は瞬時に飛び掛かり、絹の頸に向かって刀を振り被った。絹は慌てて血気術で守りに入るが、汐は全ての攻撃を斬り捨て突き進む。
「なんで、なんで・・・」
絹は自分に向かってくる汐の姿が、ゆっくりとした動きに見えていた。汐の動作は勿論、髪の毛の動き、瞳の動き、筋肉や臓器の動き。
そのすべてが自分を討ち取らんと、殺意を向けていた。
「ナンデヨォオオオオオアアアアアアアア!!!」
刃が絹の頸に届きそうになった瞬間、絹の口からこの世のものとは思えない程の、悍ましい叫び声が飛び出した。
いや、それは声と言ううよりは、得体のしれない何かだった。
汐はすぐさま間合いを取り、震える身体を叱咤しながら刀を構えた。
絹の身体はボコボコと奇妙に動き、あちらこちらから骨や臓物が飛び出し、やがて周りの結界と融合し肥大化していく。
「アガアアアガアガギギゲエエアアア!!!」
もはや言葉すら失った絹は、醜悪な怪物となり部屋中を覆っていった。
村一番の美人と呼ばれた少女が、こんな姿になるなど皮肉にも程がある。
汐はそんなことを考えながら、絹だったものを見つめていた。
「絹。あたしもあんたに一つ言いたいことがあったの。あたし、あたしね。あんたがあたしをどう思っていたのか、知ってたのよ」
汐は目を閉じ、小さくため息をつきながら言った。
「あんたの"目"からは、微かだけどあたしに対する敵意があった。そこまですさまじいものを隠していたのは予想しなかったけど、それでも、あんたがあたしをよく思っていたいことくらいは、気づいていたのよ」
でもね、と汐はつづけた。
「それでも、おやっさん以外であたしに話しかけてくれたのは、あんたが初めてだった。余所者だったあたしを、初めて受け入れてくれたのはあんただった。今思えば、それもあんたの点数稼ぎだったんでしょうけれど、それでも、本当にうれしかった」
汐は楽しかった出来事を思い出すように、笑みを浮かべた。そして、目を開き、怪物と化してしまった親友をじっと見据える。