第6章 二人の少女<壱>
(喉が、苦しい。それに身体の動きが鈍ってきた気がする・・・)
そのせいか、先ほどまで躱せていたはずの刃が汐の二の腕を滑り、微かに傷をつけた。
「ようやく気付いたようだけど、もう遅いわ!あなたはもう終わりなの。だって、この結界を覆っているのは、猛毒の珊瑚なんだから!!」
絹の血気術で生み出された珊瑚は、猛毒の分泌液を出すもの。しかもそれは気化しやすく、僅かでも吸えば間違いなく命を落とす毒霧となりうるものだった。
「ねえ汐ちゃん。私がどうして鬼になったのか、最期に教えてあげる」
絹は壁の向こうにいるであろう、汐に向かって口を開いた。
「さっきも言ったけれど、私は自分の舞台の邪魔をされるのが本当に嫌いなの。でもそれ以上に、私の事をわかってくれる人が誰もいなかったことが辛かったわ」
絹は切なそうな表情で、続けた。
「そんなときにある方に出会ったの。虹色の瞳をした、とても美しい殿方だったわ。可哀想な私の心を理解し、あの御方の存在を教えてくれたの。本当に素晴らしかった。私の心を満たしてくれるだけじゃなく、私の全てを壊したあなたに復讐する機会を与えてくれたのだから」
絹はトドメだと言わんばかりに、毒の噴射を強めた。呼吸を使えば死に至り、逆に使わなければ周りの海藻に切り刻まれて死に至る。
もう汐には何の打つ手もない。汐を殺して絹の舞台はようやく終幕に向かう。
筈だった。
――ウタカタ 伍ノ旋律・転調
――爆塵歌!!!
突然絹の目の前の壁が吹き飛び、その反動で絹自身も吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。肋骨が砕け肺に刺さり、口からは血があふれ出す。
もうもうと立ち込める粉塵の中、青い髪を揺らしながら汐が姿を現した。
「そんな・・・・!なんで・・・・!なんで生きてるの!!?なんで死なないの!!?」
絹は血をまき散らしながら立ち上がり、まくし立てた。
幻覚のはずはない。周りは毒霧で満たされ、あの攻撃の雨の中では歌う暇などないはずだった
「ううん、それどころかなんで動けるの!?あれは人間なら数秒で身体の自由が効かなくなり、数分で死に至る猛毒のはずなのに!」
「そう、人間ならそうなるのね」
汐は淡々と言葉を紡いだ後、絹を冷たい目で睨みつけた。