第5章 時間遡行軍
穏やかな日だ。空は青く雲は流れて、こんな日が続けばいいと願う。けれど、審神者という存在がどうしても邪魔をする。
この間、山姥切国広が呼び出されたあと俺は近侍に任命された。それは次来た時に、俺があの女を抱かねばならない日の合図だった。
小さく息を吐いて手元にあるお茶を眺める。茶柱は立っていない。
「……どうしたものか」
例の彼等の部屋は相変わらず血生臭い。ずっと放置されている。たまに昼間に来ては、あの部屋の誰かを引きずり出して暴力を振るっている。助けようとしても、今度は他の誰かを犠牲にされかねない。
俺が犠牲になるから止めてくれと告げたところで、審神者は嘲笑うだけ。そして俺に夜伽を必ずさせるだけ。心はとうに折れかけている。
「あ……」
「ん?」
人の気配を感じた。小さな気配だ。
気配の感じた方を向けば、お隣の不思議なお嬢さんが困ったように立っていた。あの日、お嬢さんが時間遡行軍に襲われた時以来だ。
なるべく優しく微笑み声を掛ければ、恐る恐るといった様子で俺に近づく。初めて会った時よりもだいぶ大きくなったが、俺とは中々喋らないからまだ慣れていないようにみえる。
「どうした?」
「……無事でよかった」
俺の頬に触れたその手は酷く冷たい。なのに、とても安心する熱に心が少しだけ和らいだ。
俺が無事だったことは既に肥前忠広から伝わっているはずなのに、俺の姿を見るまで心配をしていたあたり、心根がとても優しいんだろう。
刀剣男士として初めて触れた優しさだ。
冷たい手に擦り寄れば、目の前のお嬢さんは少し驚いたような雰囲気を出したあと、反対の手でゆっくりと俺の頭を撫でた。じわりと広がる冷たさが心地良い。
「お主は……」
それ以上先の言葉は言えなかった。俺が何を言いたいのか察したのか、目の前の幼子は何も言わずに目線を逸らした。
あの時、俺を呼んだ音が、まるで大切な物のように、子どもの音ではなく、大人の音のように聞こえた。
俺の頬から冷たい小さな手が離れていく。変わるように、俺の手が幼子の頬を撫でた。
「……?」
「いやなに……成長が楽しみだな」
笑いながら誤魔化せば、俺が言わんとしていることがわかったのか小さく口角を上げてくれた。
そのまま大きくなれよ。
そして……。次の言葉は敢えて考えないことにした。