第7章 南海太郎朝尊という男
「石切丸」
名前を呼ばれた。とても優しい声だった。
振り向いた先にいたのはお隣のお嬢さん。あんなに小さかったのに、もう既にいつぞやの幻の女性になり始めている。
跳ね上がる心は隠して、まだ成人を迎えていないお嬢さんに近づく。まだ、まだダメだと頭で警報を鳴らす。
「どうかしたかい?」
いつものように優しく無害な笑みを浮かべながら、声をかければ目の前の彼女は困ったように微笑む。
どうかしたのかい。誰か君を困らせたのかい。学舎で何かあったのかい。
聞きたいことは山ほどある。彼女の口から奏でられる彼女の物語を知りたい。彼女に仇なす者は斬り捨てて……。
我に返り自分の考えていたことを放り出す。平常心を保たなければ。保たなければ彼女を閉じ込めてしまう。
「あのね」
「ん?」
「話したいことがあるの」
ここじゃダメなのかいと尋ねたい心は読まれていたのか、彼女は小さく首を振った。ちゃんと聞いて欲しいことがあると彼女は言った。
普段目を見て話さない彼女が私の目をしっかりと見据えて告げた。その姿はもう子どもではない。しっかりと前を見ている大人だ。
真剣な彼女の心を汲み取って了承をすれば、彼女はほっとしたように表情を綻ばせて私の元から立ち去っていく。
あぁ、また彼の元へいくのかい。私でもいいじゃないか。なんて。
「子よ」
烏の鳴く声が届く。鳴く烏に視線を送ったあと、赤く染った空を絵本を眺めるように見つめ、私を呼んだ父に振り向く。
楽しそうに弧を描いた瞳は何を考えているか分からない。
「どうかされました?」
「ちと、話があってな」
来い。ということなのか。顎で指した先には、三条の面々と乱藤四郎。乱藤四郎はこの間まで行方知らずだったはずなのに、なぜここへ。
何かあると気づくには早かった。足音を立てず歩く小さな父の背中を追う。
出来るならもう少し彼女の側で彼女と話をしていたかった。
父に促されて使われていない部屋に入ると、遮断結界を張られる。何をと眉間に皺を寄せて警戒したのは私だけでは無い。
「なに。聞かれると厄介でな」
「御父上殿。一体何を?」
「我からの相談……というよりも提案じゃな」
愉しげに告げた父の口元は赤い袖で見えない。
私達をひとりひとり見つめた父は口を開いた。
「あの審神者を追いやりたい」
時が止まった気がした。
