第5章 時間遡行軍
いつまで経っても痛みは無い。熱も無い。いや、低い自分じゃない熱を感じる。これは、感じたことのある熱。
いつの間にか閉じていた目を開けば、片手で私を守るように抱きしめて、片手で槍と脇差の刃を自身の刀で受け止めてるひとがいた。
「……ぁ」
「っ、ばかかてめぇは!」
名前を呼ぼうとした。瞬間、私を守る手に力が篭もり暗い赤と目が合った。
「ひぜん……」
受け止めていた刀に力を込めて思い切り相手の刃を弾き飛ばせば、練度がそんなに高くないのか、遡行軍が少し後退る。
なんでここにと呟こうとした声は出なかった。代わりに、目にしたのは優しげな緑色と、美しい青。
三日月宗近と石切丸。
「……か弱き幼子に手を出すとは余程命が惜しくないと見える」
「さ……誰から相手かな?」
穏やかに喋りかけているが、その声には明らかに敵意と殺意が混じっている。何も出来ないまま呆気に取られていれば、三日月が私と肥前に振り向いた。
「肥前忠広。その娘を頼むぞ」
「言われなくても」
「大丈夫だ。すぐに片をつける」
私に安心させるように言った三日月は、前世の出来事と重なった。本丸に行けたわけじゃない。行ったことは無い。けれど、確かに手元で私は私の本丸を作っていた。
その時の、三日月と重なって見えたのだ。何時ぞやの、
「三日月!!」
肥前が刀を鞘に収めて私をしっかりと抱きしめてその場から飛び退いた時、思わず叫んでしまった。あの日、あの時の三日月を思い出して。
悲痛めいた声だったのだろうか。三日月が驚いた顔をしながら私を見上げ、優しく穏やかに微笑んだ。
そして敵に向き直って石切丸と共に三日月は敵を倒し始めた。どうなったか見れる暇もなく、私は肥前に連れて行かれた。
「ほらよ」
安全な場所と言えばやはり本丸なのか。肥前に降ろされて直ぐに、投げ飛ばしたランドセルを渡された。
聞きたいことが沢山あった。どうして私を助けたのか。どうしてわかったのか。どうしてランドセルを、とぐるぐると頭の中で言葉が巡る。
だがそのどれもが言葉にならず喉に張り付いていく。小さく呟けたのは、どうして、という言葉だけ。
「何かあったら呼べって言っただろ」
真剣な眼差しで私を見つめる肥前に今度こそ言葉を失った。
なんで。よりも先に、無意識に首が縦に揺れた。