第4章 目撃
頭を撫でられる感覚が落ち着かない。知らない掌だ。細くしなやかで、それでいてゴツゴツとしている。男の人の、知らない手。
意識が浮上し目を覚ます。ぼんやりと浮かぶ天井は、私の知らない場所。否、恐らく、本丸だ。
ゆっくりと意識が覚醒し、ちらりと視線を動かした先には浅葱色を纏ったひとがいた。それは、意識を失う前に見た男の姿。
「起きた?」
「ん……」
体を起こして辺りを見渡す。何も置かれてない部屋は、狭く、物を置けばすぐにぎゅうぎゅうになってしまいそうだ。
安定の姿を確認してから息を吸う。すぐに息の詰まった音が喉から聞こえて、激しく咳き込んでしまう。まだ上手く息が吸えない。
私を落ち着かせるように安定は私の背をリズム良く叩いた。リズムに合わせて息を吸うようにすれば、少しずつ息がしやすくなっていく。
「……ありがと」
「どういたしまして」
息が戻った。安心したように息を吐き出せば、彼の表情も柔らかくなる。
どうして安定はあの部屋から抜け出しているのだろうどうして安定は私の家に来たのだろう。なんで、私を助けたのだろう。
ぐるぐると回る問いは飲み込み、安定を眺める。手入れはされていない。相変わらず鉄の臭いがする。
「……今日は泊まってきなよ」
「でも……」
突然言われた言葉に驚きを隠せなかった。
本丸という、審神者が管理する神様の仮屋敷に見ず知らずの、たかだかご近所の幼児を泊める必要は無いはずだ。
それにきっと母が黙っていない。絶対に母が迎えに来るはずだ。それなのに、私を安心させるように微笑む安定に言葉が出てこなかった。
「大丈夫」
「え……?」
「あの人は頭を冷やすって」
安定は私から顔を逸らして、小窓を見て告げた。
何をしたのか。尋ねたい気持ちも言葉にはせずに、手元に視線を落とした。
泊まっていいのだろうか。バレてしまわないだろうか。そもそも弟は大丈夫なのだろうか。貴方達が危険に晒されるのも嫌だ。
欲張りな考えは見通されたのか、安定は私の頬を壊れ物を扱うかのように優しく手の甲で撫でて、そして。
「大丈夫。何も心配しないでいいよ」
君はどうしてそんなに優しいの……?
口に出しかけた音は声にならずに落ちていった。
あまりにも優しく、穏やかに告げるものだから、思わず頷いてしまったのは仕方ないと思う。