第4章 目撃
腹部が熱い。打った背中がじんじんと熱を持って痺れる。初めて母に蹴られた。何度も平手打ちされることはあっても、それ以上の暴力は無かった。
息が出来ない。息の仕方がわからない。ひゅっという呼吸は上手くいってない音で。
朝、普通に起きてきたら、母がリビングにいた。誰よりも起きるのが遅いのに、私より早く。けれど、その姿はまるで生気を失った鬼婆のよう。
そう思った瞬間に目が合った。余計なことを考えるものではない。近づいて来たと思ったら髪を掴んで腹を蹴られたのだ。
簡単に飛ばされる幼子の体は壁に当たって背中が痛む。意識を取り戻しながらぼんやりと母を眺めると、母は動かない私に近づいてゆっくりと私の首筋に手をかけた。
「っ、あんたさえ、いなければ!!」
「っ、ぁ"」
強く握り締められた首がじわじわと気道を塞いでいく。母の瞳に映るのは怒り、憎しみ、嫌悪だ。全て、私に向けられている。
ぎちぎちと首を絞める音が耳に届く。気道を確保しなくては、このままだと死んでしまう。
嫌だ、まだ死にたくない。まだ私は生きていたい。
もがきながら母の手首に爪を立てる。爪を立てて首を横に振り、足をばたつかせた所ではたと気づいた。
なんで私は生きたいの? 別に生きる意味も無くない?
誰かに必要とされてる訳でもないし、生きたい理由も今世では見つけてない。それなら、抵抗するだけ無駄じゃないかな。
推し達を遠目で眺めるのは楽しいけど、でもそれも。
考えれば考えるほど力が抜けていく。抵抗する気力が失せていく。
前世から続く母の呪縛から逃れたい。母の手首を掴んでいた手はゆっくりと離れた。
「っ、ま……ま……」
無意識に呟いた声は母を呼んでいた。母のハッとした顔を見た直後、母の背後に人の影が見えた。
血の臭いがする。
バタッと突然倒れた母は、私に伸し掛ることはなく雑に床に放り出された。突然気道が確保されたことにより咳き込んでしまう。
咳き込みながらちらりと見上げた人影の正体は、青い瞳をした浅葱を纏うひとだった。
「……もう大丈夫だから」
私を優しく抱き寄せて落ち着かせるように軽く背筋を撫でるそのひとは血の臭いがして、それでいて優しさに包まれてる。
自分より他人の心配だなんて、お人好し。
そう思いながら意識を飛ばした。