第4章 目撃
「おい」
「肥前……」
本当にお泊まりとなってしまったと、落ち着き無くうろうろとしていれば、いつもの縁側近くで肥前に声をかけられた。
振り向いた先にいた肥前は、いつもと変わりなかった。あの日の事については喋るつもりが無さそうだ。それなら、私も聞く必要が無い。
呼びかけた張本人から話しかけられることは無い。なんて言っていいのかわからないのだろう。根が優しいのだ、色々気を回してる。
「大丈夫だよ」
問われる前に困らせないように笑みを浮かべて告げれば、肥前の眉間に皺が寄った。
「そうかよ……」
ぶっきらぼうなその声には、苛立ちと、不満が混じっているように感じる。その音は一体誰に向けてなのか。
特に会話する内容も無く、肥前をよそに庭を見つめる。相変わらず、本丸内が静かだ。庭に誰もいない。
頭に熱が触れる。そんなに温度が無い手だ。ポンポンと軽く叩くように撫でられて少し落ち着いた。
優しい手の温もりに触れた。私より遥かに大きい手だ。
「お前に撫でられるのは平気なんだ」
「は?」
ぽつりと呟いた声は肥前の耳に届いたようで、肥前の手が頭から消えていく。残念、なんて思いながら肥前の手を見つめる。
じっと私を見つめる肥前を見上げ、誤魔化すように視線を逸らした。
撫でられ慣れてないだけ。頭に他人の熱があるのが落ち着かないだけ。だから、頭を撫でられるのが苦手なんだ。
その熱で目を覚ましたくらいには。
「不思議な子だね」
「てめぇが言うのかよ」
どんどんお口が悪くなってる気がするわ。
なんて悪ふざけをするように、からかうように言えば肥前は嫌そうに顔を歪める。
その顔が面白くて笑ってしまったのは仕方ない。
「行くぞ」
どこに、とは聞かなかった。聞けなかった。
私が逃げないように私を抱き上げた肥前が向かう先は広間だ。ちょうど夕食の時間なんだろう。いい匂いがするから。
軽くお腹が鳴いた。お腹が空いているようだ。それもそうか、朝から何も食べてなくて、目覚めたのは昼過ぎなのだから。
さて神様の料理をどうやって回避しようか、なんて考えながら肥前の腕の中で目を閉じた。
目を閉じた瞬間に聞こえた肥前の「能天気な奴」という言葉は覚えておこう。