第4章 目撃
ここ最近、母と父の喧嘩が酷くなっている。恐らく原因は父の浮気。まだ二十代前半。遊び盛りの父にとって子どもよりも若い女が良いのだろう。
深夜にも関わらず喧嘩は続く。父と母の声は響く。恐らくお隣にも聞こえてるだろう。そろそろ、離婚の時期だ。
大きな声は子どもの睡眠を妨げる。私より小さな弟も、私にしがみついて喧嘩の声を聞いている。本来なら喧嘩の声は子どもに聞かせてはいけないのに。
「おねーちゃん……」
「ねよう……」
戸の隙間から見える父と母の喧嘩。皿は投げつけられてテーブルはひっくり返される。父は母を殴り飛ばし、負けじと母も応戦する。
馬鹿な光景だ。そんな事をやっても何も解決しないのに。
弟を二階に連れて行きベッドに寝かせる。二階にも聞こえる声に弟が耳を塞ぎながら布団に潜り込んで眠った。
もう少ししたら、父と母、どちらに着いて行くかと聞かれる筈だ。幼いながらに悟ったその言葉は、後の私に大きく影響を与えたっけ。
その時は母に着いていくと言った。それは弟が母の方に行ったから。幼いながらの姉心だったのかもしれない。けれど、今、生きてるこの世は平行世界だ。どう転ぶかはわからない。それだけが不安だ。
弟の寝息を確認してベランダに出る。二階のベランダは狭く、使われて無いため木の葉が角に集まっていて汚い。
小さく息を吐いたとき、ふわり、と風が舞った。そして、とん、という軽い足音が左横から届いた。驚きながら其方を見れば、戦闘服姿の肥前がいた。
木の葉が舞い散り首元の包帯の尻尾が風に靡いて揺れている。月光を背後にしたその姿は、まるで_____
「ひぜ……」
何も言わずに肥前は私の頭を撫でた。軽く、素っ気なく。それでも僅かに感じる熱が、荒んでいた心を少しずつ浄化していく。
下唇を噛んで目線を逸らせば、肥前は私と視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「……来るか?」
何処へ? 今? 本丸に? それとも別のどこかへ?
尋ねたい言葉は声にならず喉にべったりと張り付いた。肥前にはお見通しなのが癪だ。出会ってそんなに経っていないのに。
何も言わずに顔を逸らせば、頭の上にあった熱は消えた。名残惜しく視線を掌に向けた時、
「何かあったら呼べ」
肥前の目は真っ直ぐと私を見つめていた。無意識に縦に動いた首は、本音の表れか、それとも。