第2章 出会い
慌てる南泉を他所に嘘泣きをし続ける。こんなに嫌がられると思っていなかったらしい、則宗も少し慌てた表情を浮かべている。早く離して。なんて言えない。ただ泣いて藻掻くだけ。
則宗の腕の中から何とか抜け出して、えぐえぐと這いつくばっていたら、突然誰かに米俵抱きで持ち上げられた。
「人間いじめんなよ」
頭上から聞こえた声に思わず息を飲み固まってしまう。則宗の言い訳を右から左へ聞き流しながら、そのまま私を抱えて部屋から出た男は、先程私が逃げた刃物。肥前忠広。
固まったままでいると人気のない縁側に降ろされる。恐る恐る肥前を見上げれば、暗い赤色の瞳と目が合った。
暫しの沈黙。お互いに喋ることがなく、ただ見つめ合う空間に風が過ぎていくだけ。赤い瞳から逃れるように視線を逸らして足元を見つめれば、肥前の足が動く。
「……少し周りに気をつけろ」
呟くように告げた肥前の言葉の意味を汲み取れず、思わず見上げれば赤と目が合った。ゆるりと視線を外しながら肥前を見つめれば、私に背を向けて歩き出す。
どういう意味かと問いたいが子どものように上手く問いかけるやり方がわからない。行き場の無い手を伸ばしかけた時、肥前がゆっくりと振り向いた。
「あんた……普通の子どもじゃねぇだろ」
私と肥前の間に風が吹いた。柔らかく、少しだけ肌寒い風が、まるで境界線のように。
肥前の言葉を理解するように頭でなぞる。なぜ、知っているのか。脇差ゆえの勘、いや恐らくどこかで。
「どうして……」
「物に当たればいいってもんじゃない……だっけか?」
目の前の男から溢れた言葉は、数日前、ある場所から逃げ出すように走り去った所で呟いたもの。思わず漏れ出してしまった本音を見られていたのか。
視線が交差する。暗い赤は真っ直ぐと私を見据えていた。瞬間、理解した。目の前の男は、否、肥前忠広はわかっている。私が普通ではないと。
目が語ると言うのはこういうことなのか。それとも。
下唇を無意識に噛んだ。私を置いてどこかへ行こうとする肥前に、焦りを覚えたのはほぼ同時。
肥前忠広という刃物が余計な事を言わないのは何となく分かってる。けれども、人を信じきれない私にとって、自本丸以外の肥前は未知数の存在なのだ。
「?!」
「おにいちゃんといたい……」
裾を掴んで逃がす気は無いと意味合いを込めて見上げた。
