第16章 初恋 中編【伊黒小芭内】
「それよりも先輩!そろそろ、お前って呼び方はやめて下さい!ちゃんと名前で呼んでほしいです!」
反対にぐっと詰め寄られ、小芭内がたじろぐ。
「だから…いきなり近寄るなっ!……呼び方なんて、どうでもいいだろ。」
「嫌です!女子その1じゃなくて、ちゃんと一個人として認識してほしいです。」
別に今までも、個人として認識してないわけじゃないが、確かに個人を尊重する意味では失礼だったかもしれないと想い改める。小芭内は「わかった」と呟くと……
「・・・・・・・・・・氷渡」
たっぷり間を開けて、小さく呟いた。
その発せられた名前に、陽華が不服そうに頬を膨らませる。
「み、名字じゃなくて……」
「フンッ、個人を認識するなら名字で充分だ。」
そう言い放つと、小芭内はサッと背を向けた。
「先輩っ!!」
「俺は今日は寄るところがある。もう着いてくるなよ!」
「え!?ちょっ…」
陽華が引き止める暇すらなく、小芭内は足早に歩き出してしまった。
「もうっ!」と不平ぎみに叫ぶ陽華の声を背に聞きながら、小芭内は口元のマスクを目元ギリギリまで引き上げた。
赤くなった顔を隠すために……
あれが精一杯だった。
名字でさえ、改めて言葉にするのは、思ったより恥ずかしかった。
これが免疫力0どころかマイナス男の、精一杯の歩み寄りか……
小芭内は自分の情けなさに呆れて、小さく息を吐くと、暮れていく空の下、足早にその場を立ち去った。
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一方、小芭内に逃げられた陽華は、商店街の中にあるスーパーに立ち寄っていた。
海藻などの乾物が並ぶ商品棚で立ち止まると、商品棚を見回す。
「えっ…と……、村田さんの情報だと、伊黒先輩の好物は……、あった!!」
棚に並んだ[とろろ昆布]を手に取る。
「ん?…なにこれ、どうやって使うの?」
摩訶不思議なふわふわの物体に首を傾げながら、裏っ返しにして後ろの表示を見る。
「味噌汁…お吸い物……、え?お弁当に不向きじゃない??他に使い方ないのかな?……検索しよ。」
スマホを取り出し、レシピを検索する。