第16章 初恋 中編【伊黒小芭内】
「べ、別に、美味しいからまた作ってこいとも言ってない。」
平静を装いながら、慌てて嫌味で返すが陽華はそれをニッコリと笑って返す。
「あっ、美味しかったですか?じゃあ、また作ってきますね!」
「……………」
陽華の返しに、思わずに目が点になる。
たくっ…この女は……、
本当に滅気ない。ポジティブというべきか、神経が図太いというべきか…、
陽華の今まで行動や言動を思い出すと、軽く口角が緩む。
「あッ!!し、不死川先輩、今見ましたか?伊黒先輩、今……笑ってましたよね!?」
「あぁ、そうだなァ。」
実弥が軽く笑いそうになるのを、口に手を当てて隠しながら答える。その姿に小芭内の顔が軽く高揚した。
「ち、違うっ!これは、コイツがあまりにも間抜けな顔をしてたから、おかしくて……」
慌てて否定しても、二人のやり取りは止まらない。
「私、笑ったとこなんて初めて見ました!」
「そうかァ。ま、基本マスクに隠れてやがるから、レアではあるけどなァ。」
「いや…だから、これは……」
口々に言い合う二人の目がムフフとニヤける。その姿に小芭内の顔が完全に赤く染まった。
「だからっ、違うと言ってるだろ!!
静かな屋上に、小芭内の声が響き渡った。
・
放課後、部活帰りの小芭内を陽華がいつもの並木道の途中で待ち伏せる。
今日の昼休みは、小芭内から笑顔を引き出すことに初めて成功した。出来ればこのまま間を開けずにもっと距離を縮めて行きたい。
そう思いながら学園の方に顔を向ける。すると並木道の向こう側から、小芭内の姿が見えた。
小芭内が近づくタイミングで、陽華が木の影から顔を出すと、小芭内は少し呆れた顔を浮かべたが、特に何も言わなかった。
陽華はそのまま小芭内の横に付いて、一緒に歩き始めた。