第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
「だから、覚悟してくださいね?」
そう言って、フフっと妖艶に微笑むと、陽華は教室から出ていった。
その姿を半ば放心気味で見送ると、小芭内はゆっくりと口元に手を当てた。
初めて自身の唇に重ねられた女子の唇。マスク越しでもわかるほどに柔らかく、生々しい感触だった。
(しかもアイツ、なんの躊躇もなしにキスしてきた。……やっぱり慣れてるんだな。)
自分なんかとはまったく違う次元の存在なのだと、改めて思い知らされた。
「やはり女なんか、信用できん!」
小芭内が再度自分を律するように叫ぶと、見計らったように足元に近づいてきた鏑丸が身体を這い、小芭内の首、自分の定位置に戻ってきた。
「戻ったな、薄情者。」
土壇場で自分を見捨てて逃げた相棒に避難の目を向ける。
しかし鏑丸は意味ありげに小芭内に視線を合わせると、舌をチョロチョロと動かすだけだった。
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先に科学室の教室を出た陽華は、信じられないくらいの早さで廊下を歩いていた。
(キスしちゃったキスしちゃったキスしちゃったキスしちゃったよぉー!!)
(先輩の唇、柔らかかった……、)
今だに唇に残る暖かくて柔らかい感触が、さらに陽華の気分を高揚させては心臓がドクドクと高鳴り、うるさくて仕方がない。
本当に信じられない、まさか自分があんな行動に出るなんて。
きっと真菰が自分に言った『色仕掛けしちゃいなよ』が、ずっと頭に引っ掛かってて、こんな大胆な行動を取ってしまったのだと思うけど。
「……でも、反応…してくれたよね。」
ふと校舎の入口で立ち止まる。
腿に感じたあの感触。思い出すと今でも顔が湯だったように熱くなってしまうけど、でもあんなことしてしまったのだから、もう後には引けない。
後はもっともっとアタックして、小芭内を自分に振り向かせるのみっ!!
「頑張るぞーー!」
陽華は握った拳を胸の高さまで上げると、決意も新たに校舎の外へと飛び出した。