第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
「今日も遅かったけど、また変な実験してるの?もう三年生なんだから、進学のことを考えなさいよ。」
また始まった。
「アンタの学費だって、馬鹿にならないんだから、ちゃんと進学して、いい就職先に入って、伊黒家に還元してくれないと。」
「あぁ、わかった。」
振り向きもせずにそう返事する。(金の亡者めっ!)そんなことを思いながら、リビングの奥にある階段の手摺に手をかける。
階段を登る途中、リビングのソファで寛ぐ家族達をもう一度チラ見する。家族達はもう小芭内に興味を無くしたようで、自分達の話で盛り上がっていた。
昔から変わらず、この家族の中で小芭内に、というか、男に人権はない。
伊黒家は代々、女を当主とする女系一族だった。生まれる子供も女が多く、男は婿として外部から迎え入れ、一族は本家も親戚も含め、常に女が切り盛りしている。
そのせいか親戚達も昔から、美人で器量の良い姉達ばかりを可愛がり、幼少期から身体が小さくて、左右で色が違う不気味な目をした、男の小芭内を気味悪く思うのか、誰も近づいてこない。
小さい頃はそれが悲しくて仕方がなかったが、今は余計な干渉がない分、寧ろそれが心地良い。
顔を背けて階段を登り始めると、肩の鏑丸が小芭内を頬に優しく擦り寄った。それを優しい笑顔で返すと、お返しに優しく鏑丸の頭を指先で撫でた。
鏑丸は、昔から何も言わずとも小芭内の気持ちを汲み取ってくれる大切な親友だった。こいつだけは何の忖度もなく、ずっと自分のそばにいてくれる。
(いや…そう言えば昔いたな。一人だけ、この目が綺麗で好きだって、付きまとっていた女が…。)
いつのことだったか、年齢もその顔さえも思い出せない。確か…近所に住んでいた同じ年くらいの女の子だった気がするが…、
だがその曖昧な記憶でも、小芭内の中では今でも、嬉しい出来事として思い出に残っている。
小芭内は薄くマスクの下で微笑むと、自分の部屋のドアを開けて中に入り、鍵を掛けた。