第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
そんな会話の内容を扉の前で聞きながら、さらにチッと舌打ちする。相変わらずうちの女どもときたら、男を自分達の食い物としか思っていない。これでいて、近所では可憐な美人三姉妹だと評判が高いのだから、さらに質が悪い。
姉達に食い物された上司や先輩の事を思うと、今し方、同じ末路を辿ったかもしれない身としては、同情を隠し得ない。
そんなことを考えながら、小芭内はフーっと息を吐くと、リビングの取手を回した。あいつらと顔を会わすのは不本意だが、家の構造上、リビングの奥にある階段を登らないと、二階の自分の部屋までたどり着けない。小芭内は観念したようにドアを開けた。
リビングに入り、気づかないふりして、通り過ぎようとする小芭内に、次女が言葉を掛ける。
「あっ、小芭内!おかえりっ!」
その瞬間、「ちっ」と小さく舌を鳴らす。
「…いたのか、気づかなかった。」
「んなわけ、あるかいっ!」
惚けて答えると、次女が当たり前に突っ込んできたが、無視して歩き出す。そんな小芭内の背中に長女が声を掛ける。
「おばなーい、着替えたらでいいからさ、缶ビール買ってきてぇ?切れちゃったんだけど、お風呂上がりに飲みたいの。」
「ふざけたこと言うな。俺は未成年だ。」
軽く振り返り、睨みつけながら言うと、長女は不機嫌そうな顔を浮かべた。
「役に立たないなぁ。まぁアンタみたいなチビじゃ、年確確定だろうし。仕方がないから、我慢するかぁ。」
(チビで悪かったなっ!)
諦めたように呟く姉の横で、妹がイジっていたスマホから顔を上げると、甘えた視線で小芭内を見てくる。
「じゃお兄ちゃん、私にジュース買ってきて♡」
「殺されたいか?自分で行け。」
「お兄ちゃんのケチっ!」
ぶーっと膨れる妹を横目で見ながら、小芭内はフンッと鼻を鳴らすと、リビングの反対側にある階段に向かって歩き出す。その背中に母親が声を掛ける。