第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
家に帰った小芭内が自宅の玄関のドアを開けると、リビングの方から女達が陽気に笑い合う声が聞こえてきた。
(チッ、野蛮人ども、もう帰ってたか。)
その声を聞いて不快に顔を顰める。
あの体育館裏の呼び出しの後、なんとなく釈然としない気持ちになった小芭内は、部活が休みだったにも関わらず、科学室に寄って着手していた実験の記録を整理してから帰宅した。
すぐに帰宅していれば、夕飯の時間まで家族と顔を合わせなくて済んだ。
(たくっ、あの女が余計な時間を取らせるからだ。)
陽華の顔を思い出して、軽く舌打ちする。
小芭内はイライラとする気持ちを抑えながら、リビングに続く扉の取手に手を掛ける。するとさらに会話の内容が細かく聞こえてきた。
「でさぁ、その仕事先の上司の男がさぁ。ちょーっと優しくしたら、勘違いしちゃってー、「今度飲みに行かないか?」とか誘ってきてさぁ。」
「えー、きもーいっ!」
一番上の姉の話に、相槌を打つ次女の声。さらに畳み掛けるように、母親の声を聞こえてきた。
「その上司はどうなの?将来、出世しそうなの?もしそうなら、キープしときなさいよ?」
「ないない!せいぜい、課長止まりの小物だよぉ。」
「じゃ、そんなものは無視しなさい。いつも言ってるけど、せっかく可愛い顔に産んでやったんだから、将来が安定した男を選びなさいよ?」
「わかってるって。」
母親の言葉に、長女が軽く答えると、今度は次女が話し出す。
「うちの大学の先輩もさ、頭いいから単位取るのに利用してやろうと近寄ったら、もう自分の女みたいな発言しちゃって、キモいから皆の前でこっぴどく振ってやったわ。」
「おねーちゃん、ひっどーい!いつか刺されるよっ!」
三女の高校一年生の妹が、笑いながら姉に突っ込む。