第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
「え!?ま、待ってっ!」
陽華は去ろうとする小芭内の手首を、急いで掴んで引き止める。
「冗談なんかじゃありませんっ!私、本気で……、」
無理矢理に引き止められ、小芭内はあからさまに不機嫌そうに顔を歪めながら向き直ると、陽華を軽く睨みつける。
「わかったわかった。だが悪いが、俺は女が大嫌いなんだ。触れられただけで蕁麻疹が出るし、虫唾が走る。それにお前とのお遊びに付き合う気もない。わかったか?ほら、早くこの手を離せっ!」
小芭内が勢いよく手を振り払うと、陽華はショック受けたように固まり、顔を悲しみで曇らせた。
そんな陽華に、追い打ちをかけるように、小芭内はネチネチと言葉を続けた。
「だいたいな、お前もどうかしてるぞ?ろくすっぽ会話もしたこともない、よく知らない奴に好きですと言われて、はい宜しくお願いします。と付き合うわけがないだろうが。まず、そんな奴を俺は信用しない。それに本気だと言うなら、告る前にそれなりのアクションがあって然るべきだろ。そんな初歩的なこともわからないのなら、1から人生やり直してこい。」
「す…すみません。」
今度は、申し訳がなさげに顔をしょぼんと項垂れる陽華に小芭内は思った。
(ふんっ、演技が上手いな。それとも自分がフラれると思ってなかったからショックなのか?……どちらにせよ、俺には関係ない。)
「そういうことだ、じゃあな。」
そう言って小芭内は、今にも泣きそうに瞳を揺らし、耐えるように唇を噛み締めて震える陽華を置いて歩き出した。
そんな小芭内の態度を見て、首の鏑丸が何かを言いたげに、シューッっと音を立てた。小芭内はチラッと鏑丸を一瞥すると、「はぁ…。」とため息をついた。
「…いいんだ、これで。女なんて所詮、見かけだけを綺麗に見繕った悪鬼だからな。関わったら痛い目を見る。」
そうだ。女の本質なんて、身勝手で醜悪で野蛮だ。そう自分にも言い聞かせると、小芭内は項垂れる陽華を軽く一瞥して、その場を立ち去った。