第12章 進物 後編【冨岡義勇】
「…ここにいたのか?」
「ぎ、義勇さんっ!……こ、来ないでください!!」
泣いていた顔を見られないように、慌てて義勇から顔を背ける。
「来ないでくれと言われても、この狭さじゃ無理だ。」
義勇は片膝をついて、陽華の前に跪いた。
「なぜ、泣いている?」
泣いている理由を聞かれ、陽華は困惑した。だって自分は、義勇の恋人でもなければ、想いを告げたわけでもない。
義勇から言わせれば、ただの後輩で妹弟子で、泣く理由がないからだ。
勝手に好きになって、勝手にフラレただけ。
それにフラれるとわかっていては、今更本当の気持ちを告げる勇気も出るわけがなく……、
陽華は噛み締めた唇を震わせ、義勇の顔を見ないように顔を俯かせると、小さな声で呟いた。
「だって、義勇さんは…破廉恥です。」
「………」
「あんな…皆が通るような公共の場で……、女の人を…しのぶちゃんを、…お、押し倒すなんて……、」
(……やはり、そうか。)
義勇の顔が、悲しげに曇った。
陽華にとっては、自分が誰かを押し倒していたということはさして問題ではなく、尊敬の対象である自分が、人前で破廉恥な行為をしたことの方が問題なのだ。
自分に対して少しは気持ちがあり、それを憂いて泣いているのだと、淡い期待をもってしまった自分が恥ずかしい。
そんなものは微塵もなかったと言うのに。
(期待する事自体…烏滸がましいか。)
義勇は自嘲気味に微笑むと、それならば…と、陽華の顔を真っ直ぐに見つめた。
自分は、陽華の望む通りの冨岡義勇を演じるまで。