第12章 進物 後編【冨岡義勇】
急に掛けられた声に反応して顔を上げると、不思議そうに覗き込んできた義勇の顔が目の前にあって、陽華は慌てて義勇を両手で押し戻した。
「そ、そんなに近寄らないでくださいっ!心臓に悪いです!」
「…心臓に…悪い…、」
陽華のそんな反応に、義勇は釈然としない表情を浮かべた。
(心臓に悪い…、それはお前の方だ。)
陽華の方こそ、急に詰め寄ったり、手を握ってきたりと、色々と義勇の胸をざわめかしてやまないというのに。
だがきっと、それを伝えたとしても、陽華は首を傾げるだけだろう。義勇は言い出したい気持ちを抑えると、屋敷の方へ視線を向けた。
「ほら、行くぞ。」
「あっ、はいっ!!」
歩き出す義勇の後に続いて、陽華も慌てて歩き出す。
(あぁ、びっくりした。いきなり目の前にいるんだもん。義勇さんのこと考えてたから、余計だよね。……どうしよ、やっぱり先に恋人がいるのか、聞いたほうがいいかな?……うん、聞いてみよう!)
ぱっと顔を上げて、目の前の義勇の背中を見る。
(あっ…、)
その瞬間、陽華の胸がトクンッと小さく波打った。
(義勇さんの背中…、あの時と…変わってない。)
陽華の脳裏に、義勇と初めて出会った時の記憶が蘇る。
右も左も分からないまだ幼い陽華に、育手を紹介するから付いて来い。といった義勇。
あの時、最愛の家族を失い、絶望の闇の中にいた陽華にとって、目の前を歩く義勇の背中が唯一の光だった。
(…うん…そうだよね。義勇さんに好きな人がいても関係ないよ。私の想いは一生変わらないもん。)
これから先もそのずっと先も、この想いが消えることはない。そして自分はただ、義勇の幸せを願い続けるだけ。
たとえ、その相手が自分じゃなくても。だから……、
(フラレてもいい!今日、愛の鐘に無事に辿り着けたら、私の想いを義勇さんに伝えてみよう。)
ー 義勇さん、私は出会った時から、ずっと貴方が好きです!
陽華は、右手で左腕の傷跡に優しく触れると、小走りに義勇に近づき、その横に付いて歩き出した。