第10章 進物 前編【冨岡義勇】
良イコト…だったのか?
自分ではあまり実感がない。だがそれでも、心の奥にまだ、陽の光にも似た暖かさが僅かに残っているのだけは分かった。
「そう…かもしれないな。」
そう呟いて、今日あった出来事を軽く思い出し、口角を緩ませる。
すると突然、寛三郎が興奮したように、羽をバタつかせた。
「義勇ガ、笑ッタっ!!」
俺は羽の攻撃から、若干迷惑そうに顔を背けると寛三郎を抑えるように手を添えた。
「落ち着け。俺が笑うのが、そんなに珍しいか?」
「アァ!笑ウノモ、ハジメテ見タ!!」
そういえば選別以来、鬼を斬ることと修行のみに必死で、笑うこともなかったな。しかし、そんな興奮せんでも……、
「俺が笑うと、可笑しいか?」
「ソンナコトハナイ!オ前ガソンナ顔ヲシテイルト、ワシモ嬉シイ!」
そう言って、さらに羽をバタつかせる。
そうか。俺が笑わないことで、この老鴉にも心配を掛けていたのか。そう思うと、心苦しくなった。
「済まないな、寛三郎。有難う。」
礼を述べると、寛三郎はフォッフォッと笑った。俺はそんな老鴉の頭を撫でてやると、
「ほら、もう行くぞ。どっちの方角だ?」
と問いかけた。寛三郎は勢いよく飛び上がると、俺の頭上を旋回しながら叫んだ。
「西ノ方角ジャー!!」
俺は頷くと寛三郎と共に、暮れていく街道を走り出した。
この日を堺に俺は、一段と厳しい鍛錬を自分に課した。
俺を救ってくれた蔦子姉さんや錆兎の想いに報いるために、陽華の期待を裏切らぬためにも、血が滲むような(いや、実際には何度も流れたが…、)努力を重ね、辛い修行に励んだ。
そうして気付けばいつの頃か、周り者から水柱と呼ばれるようになった。
勿論、身の丈に合わないと自負している。あくまでも水の柱の歴史を途切れさせない為の措置で、お館様にも次の水柱が決まるまでの繋ぎであることを告げてはいるが…。