第10章 進物 前編【冨岡義勇】
暫くの間、義勇の顔に見惚れていた妙だったが、ふと我に返ると、
(いけないわ、旦那様に怒られちゃう。)
と首を小さく横に振った。
それにしても意外だった。義勇にこんな人間らしい一面があるとは。妙が隠として働いていた頃の義勇は常に冷静沈着、感情を表に出すこともなく、ただ淡々と任務を遂行していた感がある。
とはいえ、可愛い後輩にこんなにも素直に好意を寄せられれば、いくら泰然自若な水柱様といえど、満更でないということか?
(そういえば、冨岡さんは陽華さんのことをどう思ってるのかしら?流石に気持ちには気づいてると思うけど……、)
陽華の愛情表現は、霹靂一閃のごとく常に一直線だ。本人は誰にも気づかれていないと思ってるが、皆周知している。気づかないのはよほどの鈍感ぐらいだろう。
妙は義勇の顔色を伺うように見ると、心の内を探るように言葉を掛けた。
「それにしても冨岡さんて、本当に陽華さんに大切に思われてますよね。ここの屋敷の使用人となって一年ほどになりますが、もう耳にタコが出来そうなくらい、冨岡さんのお話を聞かされてますよ。」
そう言い穏やかに笑いながら、チラッと義勇に視線を向ける。しかし当の義勇は妙の思惑とは外れ、特に動じることもなく、いつもの涼しい顔のままこう答えた。
「危ない所を助けたというのが大きいのか…、こんな俺なんかに…あんな直向きに敬意の念を以って接してくれるのは、アイツぐらいなものです。」
あら、はぐらかされた?やはり柱ともなると、一筋縄では行かないか。などと妙は残念そうに表情を曇らせた。しかし次に義勇から発せられた言葉は、妙の予想外の言葉だった。
「…陽華には、俺と同じ年の兄がいたと聞きます。……きっと俺に、その兄の面影を重ねて見てるんだと……、」
義勇がそう言いかけると、妙は驚いたように顔をきょとんとさせた。
「冨岡さん、それ本気で言ってます?」
「?」
妙の問いかけにきょとん顔で返す義勇を見て、妙は笑いを堪えるように唇に手を当てた。