第10章 進物 前編【冨岡義勇】
「あれ?…でも陽華さんは、冨岡さんの誕生日にはいつも鮭大根をごちそうしてあげるんだって、嬉しそうに仰ってましたけど?」
若干、身に覚えのない話しに義勇の目が驚いたように丸くなる。
「しゃ…け…大根…?」
義勇は顎に手をやり、考えるような仕草を見せると、記憶の中で陽華と鮭大根の接点を探るように頭を働かせてみた。
(あ…、そういえば……、)
確かに一年に一回、寒い時期になると必ず、定食屋で鮭大根を奢って貰う時があった。
陽華はいつも、お世話になっている自分にお礼がしたいからと言っていたが……、
でもまさか、それが誕生日の贈り物だったと言うことにはまったく気づいてなかった。
義勇は片手で顔を覆うと、反省するようにゆっくりと項垂れた。
「冨岡さん、どうしました!?」
「いや…、陽華の気遣いに、ずっと気付くことの出来なかった自分に反省してます。」
表情は変えないが明らかに落胆したように顔を俯かせる義勇。そんな義勇に妙は安心させるように微笑んだ。
「それでいいんだと思いますよ。陽華さんも見返りが欲しくてしたんじゃないから、誕生日の贈り物だって言わなかったんじゃないでしょうか?本当にただ…、冨岡さんに喜んで貰いたかったんですよ。」
本当にそうなんだろうと思う。陽華は誰にでも優しく、すぐに気を使う娘だ。何も言わなかったのは義勇のことを第一に考えてくれていたからだろう。でもそれがわかるからこそ、反対に落ちこんでくる。
そんな義勇を慰めるように妙は言葉を掛けた。
「それにほらっ、挽回の機会はまだまだありますよ!今日はその祝えなかった何年分のお祝いをしてさしあげればいいんですよっ!」
そんな妙の気遣いに胸が暖かくなり、義勇は少しだけはにかむように微笑むと妙の顔をじっと見つめた。
「そうですね。ありがとう、妙さん。」
きゅん♡
その瞬間の義勇が顔があまりに尊くて、妙は自分の胸が弾むのを感じた。
(やっぱり冨岡さんて、天性のタラシさんだわ♡)