第10章 進物 前編【冨岡義勇】
梅雨も明け、蒸すような暑さが続くある夜のこと。風通りが良くなるようにと開け放たれた庭に面した引き戸から、鬼が家に入ってきた。
その鬼は、陽華達家族を見つけると、容赦なく襲いかかってきた。
まず、家族を守ろうと、鬼に立ち向かった父親が殺された。
そして、父親の代わりに家族を守ろうとした2つ年上の兄が、眼の前で鬼に喉元を切り裂かれ、陽華の手を引いて、外へ逃げ出そうとした母親が、もう片方の手に抱いた幼い弟ともに討たれた。
外に飛び出した陽華もすぐに追いつかれ、左腕に深手を負い、庭の端へと追い詰められた。今まで味わったことのない焼けるような痛みと、頭が朦朧とするほどの出血に、陽華は死を覚悟した。
そんな時だった。
ぼんやりと遠のいていく視界の中に、突然、艶やかな水飛沫が舞い上がった。
気が付くと、鬼は陽華の眼の前に倒れ、足元には先程まで下卑た笑いを浮かべていたはずの、鬼の頸が転がっていた。
驚いた陽華が顔を上げると、鬼がいた場所には一人の少年が立っていた。その手に、今しがた鬼の頸と胴体を泣き別れにさせたであろう、血の滴る刀を携えて。
「……だ…だれ?」
絞り出すように声を発すると、少年がその声掛けに答えるように、ゆっくりと顔を上げる。やがて、月明かりに照らされて、少年の顔がはっきりと、視界の中に映し出された。
その瞬間、陽華は思わず息を呑みこんだ。
まるで、天からの御使いかと見間違うほどに、美しく整った顔立ち。そして、吸い込まれそうなほどに深く澄んだ、紺碧の瞳。
その姿は、幼い陽華の心を強く引き付け、そして一瞬で魅了した。
これがこの少年、まだ水柱になる前の冨岡義勇との、初めての出会いだった。
そしてそれは、心が折れそうなほどに辛く、暗い記憶の中に差した、一筋の光のように、今も尚、鮮明に陽華の脳裏に焼き付いている。