第10章 進物 前編【冨岡義勇】
産屋敷家からの帰り道、陽華は鬼殺隊本部の、自分に充てがわれた屋敷に向いながら、先程お館様とした会話を思い出していた。
「はぁ。お館様があんなことおっしゃるから、おかしな事言っちゃったな。」
絶対に変な奴だと思われたに違いない。お館様の吹き出した顔と、自分の発言を思い出し、しばし反省する。
でも、お館様に言ったことはあながち間違いでもなかった。陽華だって、鬼殺隊と言う特殊は職業に就いている以外、中身は年頃の女の子と変わらない。恋人という潤いは欲しいとは思う。
しかしそれは、勿論誰でもいいわけじゃない。鬼殺鬼殺で忙しい陽華にも、好きな相手ぐらいはいる。本当はさっきお館様に『欲しい物はなにか?』と問われ、まっさきに浮かんだのはその人物の姿だった。
陽華はふと立ち止まると、ため息と共に小さく呟いた。
「義勇さん、今頃何してるのかなぁ?」
スッと遠い空を見上げると、その想い人・冨岡義勇の姿を思い浮かべては、ほんわりと顔を和らげてみる。
陽華の想い人・冨岡義勇とは、2つ年上の先輩隊士で、鬼殺隊の中で最も位の高い[柱]、その中の一つ[水柱]の称号を持つ男だ。
小さい頃に危ないところを助けて貰い、この鬼殺隊という道まで、示してくれた。陽華にとっては、かけがえないほどに大切で憧れの存在だった。
「そういえば最近、全然会えてないなぁ。」
陽華はまた一つため息を付くと、無意識に自分の左腕をさすった。
「あ、また触っちゃった。」
それは、心が落ち込んだり、気分が晴れなかったりすると、ついしてしまう癖だった。
陽華はそのまま、視線を左腕に持っていくと、袖の裾を掴み、肘あたりまで捲りあげた。そうして現れた、自分の左腕に刻まれた古い傷跡をじっくりと見つめる。
左手首から、肘まで続く、大きな傷跡。陽華が初めて、鬼という生き物に遭遇した日に付けられたものだ。
それと同時に、義勇と初めて会った日でもある。この傷跡を見ると、あの日の出来事が今でもはっきりと蘇る。
それは、陽華が十四歳の時の出来事だった。