第67章 ❤︎ 治店長とバイト店員の初体験 宮治
パネルで部屋を選び、上階へと続くエレベーターに乗り込む。オルゴールの音だけが響く狭い空間で一気に緊張感が高まる。自分が初めての時ともそれなりには緊張していたと思うけど、それを上回る緊張感、そして責任。こんな感情を抱いたのは初めてだった。
「こうやって並んで歩いてると恋人同士に見えるかな?」
「呑気でええな、いちかは」
「だってこうやって二人きりになれるなんて久しぶりやから」
「仕事ん時は二人きりの時間もあったやろ」
「仕事は違うから。…でも、仕事してる治君、格好良かったけど」
「そらおおきに。あ、部屋、ここやな」
「ほんとだ。ここだね」
重厚感のある扉を開くと明かりがつき消臭剤の残る乾いた空気に触れる。一室は全体的にダークブランの部屋で真ん中にベッド、皮のソファーが見えた。
「こんな感じなんや。結構綺麗」
「そら35000円も払って汚かったら俺でも文句言うわ」
「治君がクレーム入れるんとかあんまり想像つかへんけど」
「俺やって言うときには言うで」
「そういうのがちゃんと言えるのって大人だなぁ」
「大人やから」
「治君、昔から格好良かったけど、今が私史上最高に格好良く見えるの」
「褒めても何も出ぇへんで」
「私もちゃんと綺麗になった?治君の中で少しは妹卒業できた?」
いちかのことはこの先もずっと妹としか考えられへんと思い続けた存在やったのに、それすらも今は進行形でぐらついて崩れそうになっている。
「それはまだ分からへん」
「そっか…」
「恋愛下手な方やから、俺は。」
「えーっと、どうしよ…とりあえずお茶でも淹れましょか?」
「俺はええわ。なんか頼みたいのあったら勝手に頼んでええから」
「治君、何も要らんの?」
「そこのペットボトルの水で十分」
「じゃあ私、紅茶でも飲もう」
「ほな俺、先、風呂行ってくるから」
「…うん」
浴室の扉を閉め、ふぅ…とため息をつく。場が持たん、これが今の正直な気持ち。豊富なアメニティグッズの並んだ洗面台、だだっ広い浴室はひんやりとしていて自分の顔が鏡に映る。
「俺もええ大人やぞ。冷静になれ」
自分自身に言い聞かせた。慣れない緊張感を誤魔化すように服を脱ぎ捨て、真冬なのもお構いなしに冷たい水を浴びた。