第66章 ❤︎ 初恋は実らない 宮治
紅い印にくっきりと上書きされている。今まで付き合ってきた女にも肌に跡を残すことは嫌だった。つけてよとせがまれたこともあったけど自分が本気になった女じゃないからその必要もなかった。それだけいちかの存在は俺にとっては大きかった。だから、こんな風に乱暴に扱ったことなんて今までになかったのに。視界に入るいちかの表情を見つめるだけでドクンドクンと心臓が脈打ちながら全身に鈍い痛みが広がっていく。
「その涙はなんの涙なん?」
「侑に、抱かれてるみたいで…」
「後悔してんの?」
「違う…。沢山、傷つけたから…。別れた時に後悔はしないって決めたから」
「嘘下手すぎやろ。後悔してなかったらあいつの顔や浮かばんやろ」
暴走する自分を抑える僅かに残った理性が働いたのか。それとも壊すくらいに無茶苦茶に抱いて忘れさせたかったんかそれは分からない。
「俺な、女抱く時、少しでも苦痛のないようにって丁寧に優しく扱って自分の快楽よりその時間だけは全部相手のためだけに在ったと思ってる。それが感情が伴わんことへのせめてもの罪滅しやってん」
それは全部、俺ん中にいちかの存在があったから…。
「でも今はちゃうねん。嘘でも優しくなんてしたない。俺も今、苦しい」
一番側でいちかの存在を感じていたくて精一杯抱きしめた。肌を通して互いの体温が馴染んでいくみたいにいちかと同じだけの痛みと苦しさも全部俺に移ればいい。
「もう、消えちゃいたい…」
鼓膜を揺らす湿った声は次は鋭い痛みを運ぶ。たとえ俺以外の人間が因果応報やと言うてもこの先誰からも許されなかったとしても俺だけは。
「消えるくらいなら、……いちかの全部、俺にくれへん…?」
それが今まで押し殺し続けてきた自分も知らなかった俺の揺るぎない本心だった。
どちらからともなく重ねた口付けは時々息継ぎを挟みながら何度も角度を変えて続く。飲み込めきれなかった唾液が滴り落ちても気にならない。キスしても埋まることのない空白にただ抗いたかった。だから今、目に映る景色を焼きつるけるように見つめる。
「今も俺はいちかが好きや」