第53章 ❤︎ 俺のものだから返してもらうだけ 及川徹
俺の声も震えていた。息をするのも苦しくてふと見たいちか の目から大粒の涙が溢れていた。
「どうして…」
「ごめん。全部俺が悪いよね」
「ずっと徹を忘れたふりをしてたのに…。何で…っ」
「もうふりなんてしないで。俺はここにいるから」
気がつけば俺はいちか を抱きしめていた。いちか の感触、温もり、匂い、全部、変わらないままだ。
「ごめん。こんなこと許されることじゃないって分かってる。でも…、俺はまだいちか のことを諦めきれないのかもしれない」
「今更…」
「無理じゃないよね。俺への気持ちが残ってるならまだチャンスあるよね」
「無理だよ、婚約もしたし…。結婚するしかない」
「させたくない。ねぇ、いちか 、もし俺に少しでも気持ちが残ってるなら抱き締め返して…?」
腕の中で鼻を啜る声が聞こえてくる。ただその静かな時間を受け入れる。戸惑いの末、背中に触れた温もりに本音が溢れた。
「好きだよ…」
口付けをしてしまったらもうきっと抑えることはできない。それでももう一度いちか に触れたいって感情を自分を突き動かした。
「……んっ」
いちか とのキスの感触が蘇る。空白の時間を埋めるように口付けに没頭し互いの静かな吐息でこの小さな部屋は埋まった。
「徹…」
「ん…?」
「私、徹のことが忘れられなかった。再会してから、ずっと徹のことばっかり考えてた」
「俺もだよ。このままいちか を離したくない」
小さい体を抱き抱えて奥の真っ白なソファーへと寝かせて覆い被る。首筋に唇を這わせていくといちか は何も言わずに俺を受け入れた。