第43章 ❤︎ 俺はまだ本気出してないだけ 岩泉一
それはまるで死の宣告を受けたかのようにその二文字だけで思考を停止させるような声…、の主は振り返らずとも瞬時に把握できる。このまま振り返らずにダッシュを決めようかとも思ったけど現役の運動部が相手。恐る恐る視線を上げると口角を上げ私を見つめる彼氏様の姿。
「お前、俺がいないところだと案外大胆なんだな」
勿論そんな事はない。こんな事をうっかりでも口走ってしまったのは今日が初めて記念日。
「…そんな事はないんですけど、先輩、いつから?」
「全部。お前の姿見えたら追いかけてきたんだけど楽しそうにしてたから話しかけるタイミングなくて…」
「声かけてくれたらいいのに…っ」
「かけていい雰囲気じゃなかっただろ?ま、そのおかげでいい事聞かせてもらったわ」
「いい事なんて一言も言ってないんですけど、私」
「んで?俺になんか言うことあるか?」
「…ありません」
「じゃああとで詳しく聞かせてもらう」
「でも先輩部活は?」
「体育館の水道が壊れたとかで急遽休みになった」
本来なら嬉しいハプニングなのになんてバッドタイミング。
「悪い。せっかく一緒に帰ってるところ悪いけどこいつ借りってっていいか?」
「あ、全然。どうぞどうぞ」
「悪いな。……お前、確か矢巾の彼女だったよな?あいつもうすぐ出てくると思うぞ」
「ほんとですか?」
「ああ、だから待っててやれ」
「はい、そうします。ありがとうございました。……じゃまた明日ね」
そう言うと友人はちらっと視線を移し〝がんばってね〟と言わんばかりの表情で〝矢巾〟というワードに急に嬉しそうにはにかむ。なのには私は先輩からのプレッシャー冷や汗を流し視線は泳いだまま。この対照的な恋する二人、側から見たらシュール過ぎる。