第32章 君の手をとりたかった理由 黒尾鉄朗
体育祭が始まり、競技は滞りなく進んでいく。俺も委員会の役割に忙しく気がつけば次は騎馬戦の順番となっていた。入場口へ急ぐと緊張した様子の柳瀬さんが人混みの中で不安そうな顔をしている。
「待った?」
「あ、黒尾君」
「なぁに強ばった顔してんの?」
「ちゃんと出来るのかなって」
「大丈夫だって。ただ落ちないように乗ってて?」
「…うん」
「無理しなくていいから」
柳瀬さんの頭を撫でながら出来るだけ優しい声でそう伝える。俺が頭に触れた事に驚いたようで目をまんまるにしてたけど、“ありがとう”いつもの柔らかい笑顔が戻った。
それから山田君たちも合流し、各クラスのメンバーが俺に気付く。“なんで黒尾がいるんだよ”とそんな声に俺も聞こえてくる。
「いいだろ俺が騎馬戦に出たって」
「いいけどよぉ、やりにくいじゃん」
「誰が出ても同じだろ?俺はこれに出たくて出たんだよ」
「マジかよ。…あー、もう黒尾がいる時点で負けだ、負け」
「おう、負けろ負けろ!お前らうちのお嬢に指一本触れんじゃねぇぞ」
「お嬢…ってなに?」
隣で恥ずかしそうに頬を染めた柳瀬さんの上目遣い。えーと、なんなのこれ、マジで可愛いんですけど。
「だってお嬢じゃん。男三人も従えるんだから」
「そんな言い方しないでよ、恥ずかしい」
「照れてんの?柳瀬チャンのそういうとこ可愛いな」
「…へ?」
柳瀬さんの吃驚した表情が可笑しくて可愛くて堪らない。丁度アナウンスが“入場してください”と告げて周りもワァァーと盛り上がる。
「さ、そろそろ行くぞ?」
どさくさに紛れて柳瀬さんの肩を抱き寄せて耳元で“大丈夫だから”と呟く。後ろにいた山田君たちにはモロ見えだっただろうけど、耳まで赤く染めた柳瀬さんに俺は満足していた。