第26章 ❤︎ 抱き締めた君との未来はなくても 菅原孝支
風呂から上がっても瞳はまだ潤んだままで腫れぼったい。体に残る水滴をタオルで拭き取りながら最後の迷いを振り切る。
「ここ寒いからベッド入る?」
「うん」
「いちかが望むんだったら俺もちゃんと応えるから」
「いいの?」
「そりゃ喜ばしい状況ではないけど」
「ごめん」
「こんなこと先に言うのはずるいけど俺はまだいちかが好きだから。俺だけの気持ちはいちかに預けとく」
「ありがと…、孝支」
溢れた涙を唇で受け止めた。今はまだキスはしちゃいけないような気がして…、舌に触れたしょっぱさが切ない。
「手、伸ばして?ベッドいこ」
細い両腕が肩に回されてまだ付き合っていた頃の記憶と重なる。抱きしめた華奢な体を抱えて寝室のベッドへ向かった。
「この部屋も変わってないんだね」
「変わったのはシーツくらい」
「そっか。…懐かしいな」
俺だってそう感じてる。組み敷いて見下ろす光景が懐かしく感じるけど、でもあの頃よりいちかはずっと大人びて色っぽかった。俺の知らないところでこの小さな唇を弄んでいたのは他の男で他の部分も俺以外を受け入れてきた…。でも俺にとってはそんなことはどうでもいい話だ。
バスタオルを解くと露わになる白い素肌、それと無数の鬱血痕。上書きするように唇を這わせ甘く漏らした声に自分の体温も上がる。久しぶりの行為でもっと理性が効かないものかと思ったけど、欲情は緩やかに湧き上がってくるだけでいちかの吐息に集中しながら時間をかけ手唇で全身を愛撫していった。
「どうしてまだ好きでいてくれるの?」
いちかの言葉が静かな部屋に浮かんで消える。
「単純に忘れられなかったから」
「もっといい人はたくさんいるのに」
「俺の場合、そうじゃなかったんだろうな。さっきも言ったけど今だってこんなでも俺を頼ってくれて嬉しいって思ってる」
「そんなの馬鹿じゃん」
「かもな…?」
それでもいいって願う自分には嘘がつけなかった。時々締め付けるように纏わりつく切なさはきっといちかも同じだ。