第26章 ❤︎ 抱き締めた君との未来はなくても 菅原孝支
まさか一人用の狭い浴槽に元カノと入る羽目になるなんて思いもよらなかった。さっきの“抱いてくれないかな”って呟いた言葉が頭から離れない。なるべく意識しないようにって思っても目の前の記憶に焼き付いている白い素肌に本心は揺れまくっていた。
「あったかいね」
「お湯、熱すぎない?」
「大丈夫。冷え切っちゃってたからやっとほっとできた。前に部屋は来たことあったけどお風呂は初めてだよね。なんか落ち着く」
「そうだな。でも二人で一緒に入るのはちょっと狭いべ?」
「でも狭いから、こうやってくっつけるんだよ?」
くるっと振り返えったかと思うと俺の首に手を回す。無理に笑おうとするいちかの笑顔が痛々しくて胸が痛んで唇が重なる直前で顔を背けた。
「その前にちゃんと話して。こんなのおかしいだろ?何があった?」
じっと見つめる表情が険しくなっていって沈黙の後、いちかが口を開く。
「奥さんが、いるんだって…」
薄く色づいた唇から震える声が静かな浴室に響く。
「…どういうこと?」
「好きだった人にね、奥さんがいたんだ…」
「…え?」
「ずっと片想いだったんだけど、体の関係はあったの。セフレ以上恋人未満?みたいな曖昧な関係だったんだけどいつか彼女になれるんじゃないかなって思ってた」
「いつ言われたの?」
「つい3時間くらい前かな?しかも散々抱かれた後にだよ?やっぱ無理別だって…。騙されてたのかな?私のこと、好きだって言ってくれたのになぁ」
今にもこぼれ落ちそうな涙が一粒、頬に真っ直ぐな線を描いて落ちていく。
「ごめんね。自分でもどうしてここに来ちゃったのか分からないけど」
「それでも俺は俺を頼ってくれて嬉しいって思ってる」
いちかが俺を訪ねてきた経緯はどうであってもその言葉が俺の本心だった。ずっと触れたかった体を自分の腕に抱きとめる。