第1章 ❤︎ 指先に触れたもの 及川徹
静かなランチルームに二人のシャーペンの音が響く。二人きりじゃ寒すぎるクーラーの温度、先輩の飲みかけだったカフェラテもすっかり冷えて紙のカップの内側に何重にも線が重なる。
「……ねぇ、いちか先輩?」
「んー?何…」
「ひとつ聞きたいんだけどさ」
「どうしたの?」
「キャプテンと別れたってほんと?」
先輩の彼氏は今のバレー部のキャプテンでもある。しかも俺と同じセッター。俺には劣るけどそれなりイケメンでメンタルの強さとバレーに対するストイックさはピカイチで、尊敬してる先輩の一人だ。
でもそんな先輩に無理して合わせてるいちか先輩にも気付いてた。好きだから頑張れるってそんな健気な姿だって好きだった。
「…知ってるんだ」
「ごめん。急にこんなこと聞いて」
「いいよ別に。…でもね、まだ別れてないよ」
「そうなの?」
「私がもう一回考え直してって今は保留してもらってるの。…みんなに迷惑かけないようにせめてこの夏の合宿が終わるまではさ…。泣けないもん」
「でもそれ、辛くないの?」
「辛いよ。もうダメだって分かってるし。……でもね、それでも別れたくないって縋っちゃった」
“ほんと…、ダメだよね”って苦笑しながらすんと鼻をすすって吐き出す声は微かに震えていた。
俺から見れば完璧な人でこんなに一生懸命なのに、どこに振る理由があったのか俺には理解できない。
「ごめんね。こんな事話しちゃって。明日で合宿が終わるから、なんかセンチになっちゃって」
「俺でよければ頼ってよ」
「頼りなる後輩だもんね、及川君って」
「そう。だからなんでも話してよ…」
「ありがとう。でも、大丈夫。記録ももう終わるし、それに消灯時間もくるから今日はもうお終いね」