第13章 ❤︎ 岩泉先生の彼女と及川先生
「あーあ、会計が怖いね」
「お前が奢るって言ったんだからな」
「はいはい、男に二言はないですよ。いちかも好きなの頼んでね」
「私、さっき先生とサンドイッチ食べたし、ケーキセットでもいいですか?」
「おー、食え食え」
「なんでもいいよ。じゃあこれね」
「ありがとうございます」
注文を終えてまた気不味い空気になるかと思いきや酒でテンションの上がっていた及川の饒舌でいちかは楽しそうに笑っていた。
「岩ちゃんも飲めばいいのに」
「飲まねぇよ」
「真面目だね」
「うるせぇ」
「ね、先生、話の途中で悪いんだけど」
「どした?」
「…私、お風呂場に忘れ物しちゃったかも」
「何を?」
「リップ」
「入る前に鏡の前に置いてそれっきりかも…。暖房で唇乾燥してきちゃった」
「けど今は別の客が使ってんじゃねぇか?」
「だった受付に聞いてきたら?使った後に掃除に入るだろうし」
「じゃあ私行ってきていい?」
「…俺も行くわ」
「あーあ、ほんと仲がいいというか隙がないというか…。じゃあ俺は待ってるから。お酒届いたら先に飲んでるからね」
「好きにしろ」
及川を一人部屋に残しいちかと廊下へ出た。やっぱりあいつと一緒の空間は慣れなくて安堵する俺がいる。
「せんせ、ごめんね。私浮かれちゃってて」
「別にこんくらいのこと…。それに飯が来るまで及川といるのも嫌だったし丁度いいわ
「そうなの?でもここのルームサービスも豪華で美味しそうだったね」
「けど食うだけ食ったらさっさと帰るからな」
「はぁーい」
及川のことはあれだけ警戒していたはずだったのにいちかと二人きりになるとそれすらどうでもよくて呑気に手を繋いで二人で見る廊下からの景色に浮かれていた。
思えばこれが及川から逃れるラストチャンスだったのに…。