第10章 及川の彼女 岩泉一
いちかが最後にこの部屋に来たのはいつだったんだろか。初めてのキスも初めて体を重ねたのも初めて涙を見たのも全部この部屋だった。
そんな思い出だって今はもう不要なのか…。
「…久しぶりに来た、この部屋」
「そうだな。うちにお前がいるのも変な感じだ」
「こんなに遅くにごめんね」
「俺はいいけど…、お前ん家はいいのか?落ち着いたら送ってくから」
「うちは大丈夫だよ」
「…そうか」
勢いで部屋に招き入れたもののなんとなく重い雰囲気が漂う。俯いたままのいちかは一点を見つめながら小さくため息をついた。
「…なぁ、お前らどうしたんだ?何ヶ月か前見た時はこんなんじゃなかっただろ?」
「うん…」
「何かあったのか?」
「何にもないよ。今はそういう時期なのかもしれないね…」
「…俺にはもう関係ないことかもしれねぇけど、せめて友達としてくらい力になりてぇんだよ」
せめて及川の前で幸せそうに笑ってくれてたなら俺だって諦めはついてた。いちかの表情はいつからか曇ったままで俺たちが付き合ってた頃みたいに笑わなくなったじゃねぇか。だから…、俺はずっと悔しいままだった。
「私にはそんな資格ない」
「……んだよ、どういう意味だよ」
「私が今こうなってるのは全部自業自得だから」
「悪い。俺には分かんねぇ…、ちゃんと、説明してくれ」
「ほんとはね、岩泉君と付き合ってる時から徹君には告白されてたの。はじめは冗談だと思ってたんだけど何回も会いに来てくれるうちに私の気持ちが傾いちゃったの。……お互いの進路の為に別れようって言ったのは、ほんとは嘘」
「………今更……、なんなんだよ」
「あの時ね、一君とは正反対だった徹君に心変わりしちゃったの、私…」
淡々とした口調で突きつけられた事実。俺と付き合ってた頃には見たこともない冷めた表情だった。