第10章 及川の彼女 岩泉一
気がつけば俺は外に飛び出していた。昼間よりも気温はぐっと下がっていて吐く息は白い。いちかは冷たい風に晒されながら、こんな寒空の下でいつから待ってたんだ。
いちかの見つめた先は及川の部屋。視線の先にはもう俺はいない。その現実に悔しさと苛立ちが溢れて、胸を締め付けた。
「及川なら来てねぇぞ…」
そういちかに告げる。俺には気付いてなかったのかこっちを見て驚いた顔を見せる。
「あれ…?どうして…」
「及川が俺んとこ来るっつってたんだろ?」
「どうしても徹君に会いたくて。今日は岩泉君の家に行くって行ってたから待ってたんだけど……、来てないの?」
「……ああ」
「そう…。あ、でも、どうして知ってたの?」
「悪い。聞くつもりはなかったんだけど、部活終わりん時、二人の会話聞こえちまって」
「そうなんだ。…ならこれ以上待ってたって仕方ないよね」
冷えた手に息を吹きかけながら今にも泣きそうな顔をして笑う。
俺と別れるときもこんな顔させてた…、その時の情景がフラッシュバックのように映って胸の奥がきゅっと痛む。
「こんなこと聞くつもりなかったんだけどよ…、お前ら上手くいってねぇのか?」
首を振りながら“そんなことない…”と呟いた声は微かに震えている。
「だったらなんで、お前に嘘つく必要があるんだよ」
「……分かんない」
さっき見た二人の関係はどこかよそよそしくて、特にいちかの方が遠慮している感じがした。
「ここじゃ寒いから、とりあえず家に入れ」
「…でも」
「誰もいないから。このまま帰せるかよ…」
もう彼氏でもなんでもねぇけど、こんな弱ってるいちかを一人になんかできるかよ。