第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「そういや及川がお前の兄貴とやらのプレゼントの相談されたっつってたけどもしかしてそのことか?」
「あ、うん、そう。お兄ちゃんなんていないけど及川君には一君のシューズのサイズとか好みを知ってるだろうからちょっとフェイクも入れて相談に乗ってもらったの。花巻君も松川君も優しいからその嘘にも付き合ってくれたけど」
「通りで…。納得した」
「じゃあ納得したところで私からのプレゼント受け取ってもらえますか?」
「本当にいいのかよ?もっと自分のために使えよ」
「一君ならそう言うだろうと思ったけど、好きな人のためにバイトしてプレゼント買ったりって一度してみたかったの。ああ、これでまた夢が一つ叶ったなって今は嬉しいの」
「俺はお前に何もしてねぇのに」
「してくれてるよ。一緒にいるだけでドキドキするもん。恋してるなぁって毎秒感じてる」
最初は鬱陶しいとさえ思っていたその想いが今じゃもう当たり前に感じていていちかの視線や想いが届かない時には感情がかき乱されている。星賀に抱いていたあの時の気持ちと同じようで何かが違う。けどひとつはっきりと今分かったのは俺はいちかが好きなんだということだけ。
「せっかくだから喜んで貰ってやるよ」
「ありがとう。その言葉だけで私は満足。すごく嬉しい」
「大切に使うから」
「大切になんてしなくていいよ。シューズなんだもん、擦り切れるくらい使ってくれた方が嬉しい。これ使って沢山練習して全国目指して」
「お前には負けるわ。…けどお前のそういうとこ、嫌いじゃねぇよ」
まだ“好き”という言葉は言えない。けどこれが俺なりの今の精一杯だった。
「さ、帰んぞ。俺は腹減ったんだよ」
「うん。私もお腹減った。今夜は晩御飯何かなぁ」
「肉だな」
「でもお母さん、魚も買ってたよ」
「魚って気分じゃねぇから肉にしてもらう」
「我儘だなぁ」
「うるせぇな。肉が好きなんだよ俺は」
「はいはい。じゃあ私もお肉がいいなって頼んでみるね」
いちかとの身長差、いちかの嬉しそうな横顔。俺を見て表情を崩しながら笑う顔は可愛いって認めるしかない。今日はなんとなく互いの距離も近く感じて、いちかが隣で歩くこの感覚も心地よく感じていた。あんなに頑なに好きだって認めなかった自分はもういない。