第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
駅前に着くと“ここで待ってて”と言い残したまま10分が過ぎた。日曜日の夜は着飾った人たちで賑わっていてジャージ姿のままの俺は一人浮いているような気もしたけど言われた通り戻ってくるのを待っていた。
数分後、馴染みのあるスポーツ店の紙袋を持ち駆け寄ってくる。
「お待たせです」
「用事は済んだのか?」
「はい。…これを買いに」
中身は及川が言っていた兄貴とやらの誕生日プレゼントだろう。顔も知らない“シンスケ”とやらが浮かんできて苛立ちのような感情が湧き上がる。
「バイトしてやっと買えたの」
「そんなバイトしなきゃいけないくらい高価なもんなのかよ」
「んー、まぁ高校生の私には…」
「へぇ…」
疲れ切る位にバイトしてまで買うって余程のことなんだろうな。こいつが何にでも一生懸命なのは俺も知ってるけどわざわざバイトしてまで買うとかどういうつもりなんだよ…。
「昨日も買いに寄ったんだけど、一君に合うサイズが隣町の店舗にしかなくて取り寄せてもらってたの」
「え、俺…?」
「だって誕生日、何にも渡せなかったでしょ?」
開いた口が塞がらないってこのことだ。
「帰って包装しようと思ってたから頼んでなくて、そのまんまになっちゃったけど…。お誕生日おめでとう、一君」
紙袋から見えた見覚えのあるメーカーと俺の靴のサイズとジャストの数字。俺がずっと欲しがってたシューズだって一瞬で分かった。
「お前…、それマジで言ってのか?」
「初めての誕生日だったから何か特別なことがしたかったし一君が本当に欲しいものをプレゼントしたかったの。星賀さんのプレゼントには負けたくなかったなんて気持ちは120%あったけど」
「あるのかよ」
「だって負けたくないんやもん」
「勝ち負けなのか?」
「勿論、勝ち負け。食うか食われるか。奪うか奪われるか。恋愛かて弱肉強食。絶対に負けへんもん、私」
「強ぇ女だな…」
「一君は弱い女の方がいい?」
「いや?お前くらいさっぱりしてる方が…って何でもねぇ」
「え?その続きが聞きたいんやけど」
「何でもねぇから。もう忘れろ」
またうっかりと零すとこだった。いちかは期待に目を輝かせてるけど改めてなんて言えるわけがない。