第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
インターフォンを鳴らしても反応はない。ドアノブを回すとまた鍵は閉まっていないくて初めてこのアパートに来た時のあの光景をつい思い出してしまう。
「……っ」
あの時は特別な感情なんて一切なかったのに男の性だろうか。いちかの素肌は余程脳裏に焼き付いてしまっていたようで鮮明に思い出してしまった。
「入るぞ…」
返事はない。けど俺だってあの時の二の舞は避けたい。今回は何があってもすぐに閉めれるようにゆっくりと開いた。玄関から繋がるリビングへの扉は開いていてベッドの上に足が見えた。
「寝てんのか?」
おおよそそういうことだろう。そっと近付くところんと丸まっていて規則的な寝息が聞こえてくる。ったくインターフォンが鳴っても気付かず寝てるとかどんだけ寝入ってんだよ。
「おい。…いちか」
名前を呼ぶと微かに反応するように寝返りゆっくりと目を開くけど焦点は合ってない。
「も、朝……?」
「ちげぇよ」
「…何……」
「起こしに来た」
「………へ?」
その言葉でハッとしたように飛び起きて驚いた顔をしたまま俺を見る。これがドッキリだったら大成功ってとこか?
「一君…っ」
「悪い…。母ちゃんが来ないからって心配してたから」
「…何時?」
「20時すぎ」
「そんなに?あー…、10分だけって思ってたのに」