第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
後一言でも言われてたら及川に掴みかかってたかもしれない、そんくらいにヒートアップした俺と及川の言い合いに割入ってきたのは女の声だった。“ああ?”ってそのままの勢いで振り返るとそこには私服姿の星賀。
「………星賀」
「ごめんね、みんなで楽しんでるところ。………ちょっと一に用があって待ち伏せしてたの」
こんな時に揃って空気なんて読まなくていいのに、突然の星賀の登場に絶妙な空気になる。キャンキャン吠えてた及川ですら視線を外して黙ってしまっている。
「……何だよ」
「今日、一の誕生日だよね。だから誕生日プレゼント、渡そうと思って」
「プレゼントって、お前、何考えてんだよ今更になって」
「うん。そう思われるかもの分かってるの。でも私、ただおめでとうって言いたかっただけなんだ」
「ならそんなもんもいらねぇから…。悪いけど受け取れねぇよ」
「普通のタオルだから。私も迷惑にならないようにって考えたの。使わなくてもいいから受け取って欲しい」
「つってもよ…」
「それとね、メールも電話番号も変わってないから…今はクラス違うけど、会ったときは普通に話くらいしようよ。私も一とまた友達からやり直せたらって思ってて。伝えたかったのはそれだけなの。じゃあまた学校でね。皆もごめんね…っ」
プレゼントであろう袋を俺に押し付けると“お誕生日、おめでとう…”と上目遣いで俺をじっと見て星賀がいつもつけてた香水の匂いがした。俺は何も言い返せなかった。
花「星賀ちゃん結構、強引だね」
及「岩ちゃんよかったね、モテ期きたんじゃない?」
松「これは微妙だな」
女の考えてることなんて付き合ってた時から分かんなかった。だから俺なりに足りない頭で考えてできるだけ応えたいってそれだけだった。それくらいに星賀のことは好きだった。
だけど今は友達からやり直したいって言葉に嬉しいとかそういう気持ちは一切なかった。
湿った空気がまた纏わりつき始め地面に大粒の雨の跡がドッドを描く。
星賀には悪いけどもう遅い。